打首獄門同好会らしさ満載のメッセージ・ソング『BUN BUN SUIBUN』
Official髭男dismを昔の日本人が発音していたら……
5月30日深夜 放送のテレビ東京『川島明の辞書で呑(の)む』でのこと。出演者たちが辞書を片手に居酒屋で酒を飲み、辞書で見つけた言葉について雑談をする番組で、その日はエンゼルとエンジェルの違いについて話していた。三省堂辞書出版部長の山本康一さんいわく、「じゃ・じゅ・じょ」の音は昔の人には発音しづらかったそうで、大きく分けるとエンゼルは明治時代、エンジェルは昭和以降の呼び方なのだという。同様に「しゃ・しゅ・しぇ・しょ」といった音も「さ・す・せ・そ」に置き換えられ、ミルクシェイクがミルクセーキ、シェイクスピアがセークスピアと呼ばれていたのだそう。 なるほど。エンジェルは昔の日本人には発音が難しかったのか。ということは、 JUJUさんは“ずず”さんと呼ばれ、Official髭男dismは“おひさるひげだんでずむ”と呼ばれ、週刊少年“ジャンプ”は“ざんぷ”と呼ばれるのだろう。いや。だからどうということもない。ふと、そう思っただけである。
時代の変化で変わる言葉の意味
以前は仕事人間という言葉をよく耳にしたし、どちらかというとそれは、意欲的にバリバリ働いている、いわゆる“デキる大人”みたいな意味も含まれていたように思う。でも今は仕事とプライベートの両立、すなわちワーク・ライフ・バランス が大事な時代で、仕事人間という言葉にはいつからかネガティブな意味が多分に含まれるようになってきたように思う。 “仕事人間”という言葉が過去のものみたいな響きを持ち始めたことで、どことなく昭和の仮面ライダーの敵に出てくる、さそり男だの毒トカゲ男だのといった怪人の仲間、みたいな響きも感じる気さえしてくるから不思議だ。 でも、“仕事人間”だけが時代遅れということでもないような気もする。そもそも“〇〇人間”というネーミング自体が、もはや時代に合わないということなのだろう。人間は多様性の生き物であって、その人の一つの要素だけを過剰にフォーカスして、第三者が“〇〇人間”などと一方的に名づけることは、その人を揶揄(やゆ)していることになりかねないのだから。 私は作詞家を生業にしているけれど、周りから“作詞人間”なんて呼ばれたら、それは何だか嫌だ。それ以外何も出来ない人間だと言われているようで。 この先、“〇〇人間”という表現は消えていくのかもしれない。残るのは、“ダメ人間”くらいだろうか。“ダメ人間”は、むしろ時代の変化につれて“人間らしさ”みたいな、良い意味が少しずつ混じり始めているような気がするから面白い。