ファンカルチャーと知的財産法の展望―ゲーム実況、キャラケーキ、コスプレ―
今村 哲也(明治大学 情報コミュニケーション学部 教授) 映画やアニメ、ゲームのコンテンツを権利者の許可なく二次利用したとして検挙される事件が相次いでいます。一方では、メーカーがファンの二次創作を事実上放置している状況もあり、アウトの基準は実のところ曖昧です。ファンカルチャーと知的財産をめぐる近年の事例をヒントに、権利者側と二次創作者側の間でどのような駆け引きが存在しているのかを探ります。 ◇「ゲーム実況」でネタバレしたら逮捕? 今村 哲也 漫画、アニメ、ゲームなどのエンタテインメントの市場は、コンテンツ自体の消費を通じてだけでなく、同人誌に代表される二次創作、キャラクターのコスプレ、最近流行している「ゲーム実況」のような動画配信など、ファンたちによる多種多様な活動によって支えられています。 こうしたファンカルチャーは、私の専門分野である知的財産法の観点からの分析対象として興味深いです。たとえばファンの二次創作は、アメリカでは著作物の公正な利用として認められるようなものであっても、日本では法的にはグレーの場合があります。 米国の著作権法にはフェアユース規定という「著作権侵害にあたらない一般的な基準」が存在し、裁判所がさまざまな事情を総合的に考慮して柔軟に判断できるのに対し、日本では立法が個別具体的に規定した「例外的に著作権が制限される類型」のほかは、許諾のない利用は原則として違法になるからです。 ところが、日本のファンカルチャーにおいては、形式的には著作権侵害に該当する行為であっても、実際には権利者は様々な理由から黙認していることが多いです。この微妙な線引きは、海外から見ると非常に面白い現象として捉えられているようです。 そもそも、著作権侵害には民事事件と刑事事件がありますが、損害賠償などを求める民事の場合は権利者が訴えなければ裁判にはなりません。また、刑事の場合も大半は第三者が告発できない親告罪です。 自分が権利者でもないのに、「これは◯◯に似てるから著作権侵害だ!」などとSNSで糾弾する正義感の強い方がおられますが、それはちょっと筋が違うということははじめに理解しておく必要があります。 では、現実に「許されるもの」と「許されないもの」の線引きはどのようになされているのでしょうか。 おそらくは「敢えて訴えない権利者」と「訴えられないと信じている利用者」の間で「絶妙なバランス」が存在しており、その均衡が崩れた時に削除要請や提訴・告訴に発展していくものと思われます。 わかりやすいのが「ゲーム実況」です。ゲームのコンテンツは実際に遊んでみないと面白さが伝わりにくいため、YouTuberやVTuberによるプレイ動画の配信はプロモーションとして大きな役割を果たしています。そのため、利用者から正式な許諾の申請がない場合であってもゲーム会社は権利行使をしないことがあるようです。 しかし、ケースによっては逮捕者も出ています。2023年5月、ゲームのプレイ動画などをYouTubeへ無許可でアップロードして広告収入を得ていた人物が、著作権法違反の疑いで逮捕されました。同年9月には地方裁判所が執行猶予つきの有罪判決を下しています。 この件は、権利者側が提供している二次利用のガイドラインに違反していたとされています。特にゲームのムービーシーンを短く編集して、エンディングまでわかるように投稿した行為を権利者側が「極めて悪質」と問題視しました。 著作権法には「表現は保護するがアイデアは保護しない」という考え方があり、また憲法が保障する「表現の自由」との兼ね合いもあって、いわゆる「ネタバレ」自体を規制することは難しいのですが、ゲーム画面は「映画の著作物」と解釈されるので、無断で配信すると複製権や公衆送信権の侵害になりえます。