「きちんと教えてこなかった大人の責任」ーー性を教え続けた公立中教諭の抱く危機感【#性教育の現場から】
「樋上先生だけが教えてくれた」生徒の本音と向き合う
しかし、こうしたことはいわば「大人の事情」だ。樋上さんは何より、セクシュアリティ教育は生徒のニーズに合っていなければならないと考えている。そのため授業の前後にアンケートを取り、感想に耳を傾ける。生徒が何を知らず何を知りたがっているか把握しようと努めている。 「避妊と中絶」の授業を行った後のアンケートでは毎回、自分の性行動に対して「慎重になる」という結果が出ている。都議会議員から批判を受けた当時、生徒たちに「この授業は必要ですか?」と聞いたアンケートでは、「はい」が95%、「いいえ」が1%、「わからない」が4%だった。 「授業は大人が評価するものではなく、生徒が評価するもの。子どもたちの高い評価に救われる思いでした」 卒業生で、小学校の教員をしている小林マナミさん(仮名、20代後半)は月経の授業に助けられた。 「私は授業で自分の生理の状況が『普通ではない』と知りました。それまでは同じ状況でもみんな我慢していて、自分が弱いだけなのかと思っていたんです。でも授業で生理の周期や仕組みを知り、自分は周期も合っていないし、おかしいと思いました。数年経っても改善しなかったので、治療が必要な状態だと気づけたんです」 また授業を通して性に対してもっていた苦手意識がなくなった。 「恋愛や性的なことに関してポジティブに捉えられるようになりました。今は教員として、子どもたちの心とからだの成長のスピードに驚く毎日で、性についての学習の必要性を感じています」 前出の木村さんは、卒業したあとに授業がとても役に立ったと振り返る。 「高校に進学して、同級生が好きでもない相手と性行為をしたことを雑に語るのを見ました。性教育を受けていないと、これほど意識が違うんだと思い知らされました。避妊など、親も、高校でも大学でも教えてくれなかったことを、樋上先生だけが教えてくれました」
樋上さんは、いつも財布に子どもたちが書いた授業の感想文の一部を入れて持ち歩いている。見せてもらった紙には、経過した時間を感じさせる少し消えかかった字でこんなことが書かれていた。 「自分自身が同性愛者であると自覚しているけれど、周りは理解しない。多様な性の授業をすることで、みんなが理解してくれて意味があった」 「性の授業は中学生には早すぎると世間がよくない目で見ているということをニュースや新聞で見たけど、まったくそんなことはないと思った」 「勉強しておくことで、いざと言うとき、困ったとき、不安なとき、自分で少しでも解決していく力を養えた」 樋上さんは「大事にしているんです」と子どもたちの感想文をまた丁寧に財布にしまいながら、こう強く訴える。 「子どもに嘘を言ったりごまかしたり、あいまいに伝えたりするのはやめましょう。その一方で、妊娠したり性感染症になったりすると子どものせいにしますが、それはきちんと伝えてこなかった大人の責任です。本当のことを伝えれば、子どもたちと本音で語り合うことができます」 --- 岡本耀(おかもと・よう) フリーライター。主に性教育の分野で取材・執筆活動を行う。