「きちんと教えてこなかった大人の責任」ーー性を教え続けた公立中教諭の抱く危機感【#性教育の現場から】
いろいろ話をしていくなかで講師が、「たくさんの同性愛の当事者に会ったんですね。僕は何番目ですか?」と樋上さんに問う。そこで生徒たちは初めて、講師自身が当事者だったと気づく。 ここから講師は当事者として、生徒たちが事前に書いていた同性愛に関する質問に答えていく。 「なんで同性が好きなんですか?」という質問に、講師は「なんで異性が好きなんですか?」と聞き返す。「君たちが自然に好きになるように、私もそうなんだ」という話から、生徒たちはだんだん異性愛も同性愛も変わらないと気づいていく。そして「人には同じところもあるし、違うところもある」と、自分たちも多様な存在の一人だと認識する。 この授業は、卒業生で会社員の木村ミカさん(仮名、20代後半)の心に今も深く残っている。 「講師の方が『実は私は男性が好きです』と言ったとき、クラスが『ワー!』とざわつきました。多様な性があると授業で知っていましたが、『実在するんだ』と驚いたんです。性的マイノリティの存在を身近に感じ、自然に『いま、このクラスにも当事者がいるかもしれないから』といろいろな場面で気遣えるようになりました」
ごまかさない授業、根っこに35年前の事件
1年生の「生命の誕生」の授業では、「人は精子を卵子に確実に送り届けるために、性交をする」ということも教える。 「性交については、授業の流れの中で自然に語れば、子どもたちは理解します。初めは恥ずかしそうにしていたり、クスクス笑いが止まらなかったりする生徒もいます。でも次第に目つきが変わり、大切なことと認識して真剣に授業に参加します」 学習指導要領には小5理科で「受精に至る過程は取り扱わない」、また中1保健体育で「妊娠の経過は取り扱わない」という「はどめ規定」と呼ばれるものがある。これが学校教育に性交について教えることを避けさせているが、樋上さんはここを避けて通らない。 「そもそも学習指導要領は最低限教えることを示したもので、実態に応じて活用するものです。性交について理解しなければ、その後に続く学習で妊娠・避妊・性感染症・性暴力などを正確に理解することはできません」 ここ最近の家庭での「性教育ブーム」で、「性器などのプライベートパーツは人に見せたり触らせたりしない」と子どもに教えることは知られるようになってきた。 樋上さんは、なぜプライベートパーツが大切なのかの理解を促すために、「人権」という視点で、からだの仕組みを科学的に伝えることが必須だと考えている。そこには性虐待に遭っている子に、その被害に気づいてほしいという思いもある。 からだのことを知らなければ、自分が受けている被害について認識することはできない。35年前、養護学校(現・特別支援学校)の高等部で教えていたとき、そのことを思い知る事件が起きていた。 一人の女子生徒がレイプの被害に遭ったのだ。彼女は警察で事情を聴かれることになった。自閉的傾向があった生徒に付き添って、樋上さんも警察に行った。しかし、その生徒は自分のからだに何が起こったのか、まったく答えることができなかった。 「尿道と性器、肛門の違い、プライベートパーツの意味、人権を踏みにじる行為を受けたことも理解していませんでした。もし彼女がそれらを理解していたら事件を回避できたのではないか、生徒を守るためにも教育が必要であると強く感じました。その事件を機に、養護学校で仲間とともにセクシュアリティ教育実践に取り組み始めました」