「野次馬」の撮った動画が”決定的証拠”に…ロシア反体制指導者・ナワリヌイが厳重警備の空港で買った”紅茶”に入っていたまさかのもの
写真欲しさに集まる人々
やがて搭乗を知らせるアナウンスが聞こえてきた。7時35分、パスポートを係に見せ、バスに乗り込み、150メートル先に駐機する飛行機まで移動する。 この便は搭乗客が多いと見えて、バスの中は少々騒がしい。ある男が私に気づくと、一緒に写真を撮ってほしいと近寄ってきた。快く求めに応じた。すると堰を切ったように、10人ほどが混雑する車内をかき分けながら私に近づいてきた。楽しそうな笑顔の私がみんなの携帯のカメラロールに収まる。そしていつも思うのだが、本当に私のことを知っているのは、このうち何人くらいなのか。何だか有名人らしいから一緒に写真を撮っておくかと思った人はどのくらいいるのか。そういえば、米国のテレビドラマ『ビッグバン★セオリー ギークなボクらの恋愛法則』で、物理学者のシェルドン・クーパーが二流有名人を定義していた。「誰かが説明してくれれば、多くの人がそうだったと思い出す」人物というものだが、まさに言い得て妙だ。 飛行機の前でバスを降りても、まだ写真撮影が続く。気づけば、他の乗客は機内に入っていて、私たちが最後になってしまった。バックパックとスーツケースを持ち込むので、収納スペースにまだ空きがあるのか不安になる。収納棚がいっぱいだったらどうしよう。機内をうろうろしながら、手荷物の空きスペースがないと客室乗務員に泣きつくような哀れな乗客になるのはごめんだ。
「その瞬間」までの時間
結局、心配は無用だった。スーツケースは頭上の収納棚に、バックパックは座席の足元スペースにきれいに収まった。同行スタッフは、私がどうしても窓側席に座りたいことを承知している。3席並びの真ん中と通路側にスタッフが陣取り、ロシア政治について話しかけてくる乗客から私をガードしてくれるのだ。私は基本的には話し好きなのだが、飛行機の中だけは勘弁してもらいたい。機内は常に騒々しい。わずか20センチほどの距離まで顔を近づけてきて、「汚職を調査しているんですよね?僕の経験談も聞いてくださいよ」などと大声を出されるのはまっぴらごめんだ。ロシアは汚職で成り立っているようなもので、誰もが思い当たる節がある。 その日は最初から気分上々だったが、これから3時間半の空の旅は完全にリラックスできる至福の時間。そう考えると、ますます気分が良くなっていった。真っ先にテレビアニメ『リック・アンド・モーティ』を見る。続いて読書だ。 シートベルトを締め、スニーカーを脱ぐ。飛行機が滑走路を走り始める。バックパックに手を突っ込み、PCとヘッドホンを取り出し、ダウンロードしておいた『リック・アンド・モーティ』の適当な一話を開く。運がいい。リックがピクルスに変身するストーリーだ。お気に入りの回である。通りかかった客室乗務員の男性がこちらをじろりと見る。時代遅れの機内保安規則上は、PCも閉じることになっているが、特にお咎めなしだった。二流有名人の役得である。今日は万事順調だ。 だが、その幸せは突然終了する。 『「脳」をバグらせて“呼吸困難”に陥らせる恐怖の“神経ガス”…ロシア反体制指導者が実際に味わった「いつ死んでもおかしくない」苦しみ』へ続く
アレクセイ・ナワリヌイ、斎藤 栄一郎
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