ゲノムが2倍になったらどうなる…多様な種を生み出した「ゲノム重複」という一大イベント
ダーウィンの『種の起源』が刊行されてから150年以上が経った今、進化論のエッセンスは日常にも浸透している。「常に進化し続ける」「変化できるものだけが生き残る」。こんな言葉を一度は耳にしたことがある人も多いだろう。しかし、実際の生物の進化は、そんなにシンプルなのだろうか。『ダーウィンの進化論はどこまで正しいのか? 』では、最新の研究成果も交えながら、複雑だからこそ面白い生物進化の仕組みを丁寧に解説していく。 【マンガ】19歳理系大学生が「虫捕り」してたら死にかけた「衝撃事件」
生物進化の一大イベント
生物の性質に大きな変化をもたらす突然変異に全ゲノム重複という現象がある。これは、ゲノム全体が倍加するという現象である。 植物ではゲノム全体が2倍になる倍数化はよく見られる。一方で、動物での倍数化は植物に比べるとはるかに稀であるが、昆虫や脊椎動物では全ゲノム重複が起こったことが知られている。ただし、古い時代に生じた全ゲノム重複による倍数体のほとんどは生き残っていない。通常、倍数体は進化の行き止まりであるといわれている。 脊椎動物は、過去に数回の全ゲノム重複が生じ、生き残っている生物である(図表1)。脊椎動物の全ゲノム重複では、ゲノムが倍加したのち、倍加した領域は急速に消失し、もとに近い状態に戻った。どの程度消失するかは、ゲノム倍加イベントによって異なるようだ。ヒトでは2回目の全ゲノム重複後、20~30%の割合で倍加したゲノム領域が保持されている。 ゲノム倍加が生じると、同じ遺伝子のコピーが増え、それが一部保持される効果がある。また、ゲノム倍加後に多数の遺伝子が消失していく過程で、ゲノム上の遺伝子の位置やコピー数などの再編成も起こるようだ。
簡単には生き残れない
ゲノムが重複して倍になったら生物はどう変わるのだろうか? 1つは同じ遺伝子のコピーが増えるので、遺伝子の発現量が増加し、より多くのタンパク質を翻訳することが可能になる。また、その調整が可能になれば、発現量の変化の幅を増大させ、多様な発現量を示すことが可能になる。さらに、遺伝子の発現調節が変化し、遺伝子ネットワークが変化することも指摘されている。 ただ、このような大きな遺伝的変化は、通常の環境ではおそらく有害である。安定した環境では、もともとの二倍体の祖先個体より有利になって進化することはできない。このような大きな突然変異が拡大し、生存していけたのは、競争相手のいない環境に侵入することができたか、あるいは環境が著しく撹乱されていたことが原因ではないかと指摘されている。 実際に植物では、倍数化した種は環境が激変した時期において生き残ることができたようだ。たとえば、約6600万年前に、メキシコのユカタン半島付近に直径約10kmの巨大隕石が落下したことが引き金になって、中生代末期の大量絶滅が生じた。このような環境激変が生じた6000万~7000万年前の間に、様々な植物で独立して倍数化が生じていることが指摘されている。この時期に、倍数体植物は二倍体植物よりも、激変した環境にうまく対処できたことが示唆され、絶滅する確率が低下したようなのである。 前述したように、倍数化に伴う多くの変化は、おそらく不利か有害であったと推測されるが、この環境激変時期の倍数体植物の多くが二倍体個体よりも有利だったのは、広範囲の多様な環境に対して高い耐性を示したからだと考えられている。