後藤正文×ホリエアツシ 同期の二人が語り合う、音楽家にとってスタジオが大切な理由
相手を頼ることで、自分にしかできないことが最大限にできる
一それでもゴッチはオープンなスタジオを、みんなに開いていきたい。 後藤:そう。たぶんホリエくんもそうだけど、ずっと手探りでレコーディングやってきた中で「これ早く教えて欲しかったな」っていうこと、ない? ホリエ:あるね。何がなされているのか知れたらいいなって思うことが多かった。特にインディーズ時代なんて、知らない大人と仕事してる感じだったから。 一スタジオ作業って、演奏するミュージシャンが置いてきぼりになっちゃうことがよくあるんですか。 ホリエ:もちろん長くやっていけば世代も一緒になるし、お互い情報交換もできるんだけど。ただ、あんまり多くを語るエンジニアがいないかもしれない。 後藤:アーティストっぽく前に出てくるエンジニアさんも少ないしね。職人は名前を出さない、みたいな。だから技術や情報がブラックボックスに入りがちだよね。お互い分業が成立しすぎてる感じもあって。でも、ミキシングもはっきり言えばアートだと思うから。そういうエンジニアも今後、藤枝で育ってほしい……育てるというか、勝手に出てくると思うんですよね、もうこの時代。 ホリエ:今、DTMで曲作ってる人たち、モニター上には実機の名前が表示されてるのを見てるよね。これを実際の楽器、機材でやりたい人、たぶんいっぱいいると思うんですよ。宅録で完遂できたとしても。「これが本物か」「これを通すとこんな音になる」みたいなこと、経験してみたい人がいると思う。 後藤:そうだよね。デスクトップミュージックしかやったことない人にも開かれた場所でありたいし。ただの場所貸しじゃなくて、みんな参加者になってくれたらいいなと思う。もちろんノウハウは教えるけど、よく使ってくれるバンドやエンジニアには使い方も覚えてほしいし、もう自分たちでDIYで完結できるのが理想だし。「お金だけ払うから至れり尽くせりでやってください」じゃなくて。「ここは私たちの場所だ」って思ってくれる人たちが使う場所になったらいいなと思う。そうしないとただの価格競争になっていっちゃうから。 ホリエ:あぁ、なるほどね。 後藤:商売がしたいわけじゃない。みんなが喜んで使ってくれたらそれでいい。それはまだ勝手に思ってるだけなんで、作ってみて、みんなと話し合って「どうやったらやりやすいか」「どんな人が足りないか」とか、それは5年くらいかけてやるしかないと思ってますね。まったく新しい運営スタイルになるんだろうし。 一こういうスタジオ、今まで日本に例がないものなんですか。 後藤:そんなこともないけど……誰かオーナーひとりが抱えるところが多いんじゃないですかね。NPOでやること自体が不思議なケースで。これで俺がオーナーだったらもっと話は早いんですけど。 一ゴッチは今、どういう立場なんです? 後藤:僕はNPOの理事。どういう立場なんだ?って言ったら……言い出しっぺ、ぐらいの話(笑)。だから、こうやっていろんなこと断言してる風だけど、最終的にはスタッフと話し合って、理事会で認証しないと進まないことで。これも俺、実はいいことだと思ってる。俺の妄想で変な方向に走っていく可能性が低い。逆に言うと面白いことを言ってもいい。たとえ破滅的なアイディアを言ってしまったとしても、誰かが諌めてくれる環境ではあるし。 一今の話からホリエさんが寄せた応援メッセージを思い出しました。「相手を頼ることで、自分にしかできないことが最大限にできる」っていう。 ホリエ:そうですね。全部ひとりで作るって限界があるんだけど、まぁできるならひとりでやっちゃう、誰からも文句言われないから楽だ、っていうのはあると思う。でも、誰かと一緒に作ると「自分はここにはめちゃくちゃ集中したい」っていうのが、人に任せることでより伸びていく。それをレコーディングエンジニアが受け止めてくれるし、アドバイスもしてくれるから。だから、できる人を頼る。それを僕はいいことだと思っていて。何から何まで自分でできなきゃ、とはまったく思ってないんですね。そう思った時代もあったけど、ここまで来るともう違うなって。 後藤:そういう意味では人がジャッジしてくれることがありがたい。バンドやってる意味にも繋がってくるよね。「今の歌、良かったよ!」なんて言われても、自分だったらまずそうは思わないテイクとか、よくあるし。思ってもみない部分が実は自分の魅力だったりする。 ホリエ:ピッチがズレてなかったら、ぐらいのこと考えてたのに「ズレててもこっちの方がニュアンス格好いい」って言われてびっくりしたり。 後藤:そうそう。それはスタジオだけじゃなく、コミュニティとかバンドが存在する意味でもあって。チームだから役割分担ができるし、その集いの中でさらに補っていけるわけで。だからこれからのスタジオ、実は人の紹介もしなきゃいけない。 一人の紹介? 後藤:うん。たとえばLOSTAGEは(エンジニアの)岩谷啓士郎が録ってる、彼のギャラはこのぐらいだよ、みたいな話、わかんないじゃないですか。別に公開する必要ないし、連絡先さえわかれば、それぞれ交渉すればいい話なんだけど。そういうプラットフォーム的な役割もできたらな、と思いますね。別に藤枝だけが盛り上がればいいわけじゃないんで、他にも面白い場所ありますよ、こういう安いプランで、いいスタジオが意外とありますよ、みたいな情報もシェアしていきたいし。 ホリエ:あぁ、それはネットワークにしたらいいかもしれない。 一スタジオ同士、フリーで動くエンジニア同士、そしてミュージシャン同士が、緩やかに繋がって情報が回っていくのが理想。 後藤:そう思います、本当に。ちゃんとしたインディ界隈をみんなで作っていかなきゃいけないし、そこからどんどん人が生まれてこないとシーン全体も先細っていっちゃう。だから、私たちのこういう精神を一緒に抱えてくれて、素晴らしいミックスをしてくれるエンジニアに参加してもらって、みんなで一緒に育っていく。それでシーン自体が成熟していくのが理想って感じですね。
Eriko Ishii