後藤正文×ホリエアツシ 同期の二人が語り合う、音楽家にとってスタジオが大切な理由
スタジオの「いい音」って何で決まる?
一今ホリエさんが言った「街のスタジオだと、そのレベルになる」という話。プロのスタジオとはどんな違いがあるんでしょう? ホリエ:わからないですよね、そういうの。実際スタジオを使ってエンジニアさんの仕事を見て、初めてわかること。楽器で鳴らした音が、マイク通してライン通すとどう変わっていくとか、それはやっぱりみんな知らないですから。 一そう。たとえばよく映像で見るスタジオって、演奏する空間があり、ガラス越しにエンジニアさんの座る卓があるイメージで。ここはまた全然違う空間ですよね。このへんの違いも私、わかってないです。 後藤:あぁ。このスタジオ(Xlomania Studio)は基本的にミックスに特化してる場所ですね。録音した音を、そのあと立体音響でミックスしていく。ここは非常に高いスピーカーが何発も入っていて、重低音も出ますし。だから映画の音もミックスできる。録るスタジオとミックスするスタジオ、最近は分割していることが多くて。 一録るスタジオは、もう少し広さが必要ですよね。 後藤:うん、もっと広い。天井もこの倍ぐらいあったほうがいい。あとはあんまり簡素な作りだと外の音が入り込んじゃう。たとえば車の音がずっと聞こえてると困るんですよね。だからある程度の遮音性は必要で。ただ、日本だとそんなスペースを確保するのがなかなか難しい。 ホリエ:そう、スタジオ運営も難しいって言うよね。「あそこなくなった」みたいな話も聞くし。グリーンバードって、新宿御苑かな、お化けが出るって言われたスタジオがあって。そこでストレイテナーは「TENDER」ってシングルを録ったんだけど、エンジニアさんから聞かされる怪談がめっちゃ怖かったの覚えてる(笑)。 後藤:グリーンバード、なくなっちゃったね。僕らも1stアルバムの時に使いました。あとは最近だと、渋谷の文化村スタジオも閉鎖になって。 一消えていく場所がけっこう多い。他にも記憶に強く残っているスタジオってあります? 後藤:あー……すごいなって思ったのはビクタースタジオ。ほんとでっかいの。しかも桑田佳祐さんが愛したと言われる唐揚げが出前で取れる(笑)。アガるよね。あのビクタースタジオで、スカパラとアジカン(2019年、スカパラのバンドコラボとして発売された「Wake Up!」)で一発録りしたんだけど。バンド二つが入ってセットが組めるくらい広い場所だった。 ホリエ:へぇー。すげぇなぁ。 後藤:あと横浜のランドマークスタジオ。こっちはずっと使ってますけど。 ホリエ:でもめちゃくちゃ高いよね、ランドマークスタジオ。 後藤:そうだね、高い。でも、あそこも音響が素晴らしいから。 一いいスタジオの「いい音」って、何で決まるんですか? ホリエ:タイコでしょ。 後藤:でもまぁ……身も蓋もないことを言うと演奏なんですよ。 一あ、そうですね(笑)。 後藤:演奏が良くないといけないっていうのは、どこで録ろうが絶対の真理で。だから機材に関しては演奏に近いものから良くするのが好ましい、みたいな。マイク、マイクプリアンプ、みたいな順序の話になっていくんだけど。で、今ホリエくんが「タイコ」って言ったけど、実際ほんと、ロックバンドに限らず、現代のポップミュージックで一番大事なのってビートなんですね。ビートをどう良く録るかが肝心なところ。 ホリエ:エンジニアのこだわり、まずドラムに出るもんね。有名なエンジニアってだいたいドラムの音が特徴的。(スティーヴ・)アルビニとか。 一人によってそんなに変わりますか。 後藤:変わります。ミックスもだいたいドラムから作るんですよ。ミックスメーターも「まずドラムでここまで」っていう指標がある程度あって作るんですけど、音量とかもほぼドラムで決まっちゃう。最初のドラムで……何%ぐらいかなぁ、まぁ全体の80%ぐらいはドラムの音で決まる気がしますよ。 一そんなに? 後藤:まぁ、割合は音楽によって違うだろうけど、少なくとも半分以上はドラムが、ビートが占めている領域で。ゆえに予算もかかるんだけど、ただ、インディのバンドだとそこがどうしても抑えられがちなんですよ。今は特に「いや、ドラムなんて打ち込めば終わるじゃん」みたいに考えられてしまう時代で。 ホリエ:ははは。そうね。 後藤:どうしてドラム録音にそんなにお金をかけるのか、そのコンセンサスが得られづらくなってきてる。だからドラムをどうしようっていうのはみんなに共通した切実な悩みになるんですよ。いい環境で録ろうとするとスタジオ代がやたら高い。たとえば一日で20、30万使い切るって言われると「今日でドラム全部録らなきゃ!」っていうことになっちゃうから。 一びっくりする価格。一日で20、30万は確かにキツい。 後藤:そうですよね。だからドラムをまずは落ち着いて録れる、そういう場所を用意してあげたい。ギターなんて今やいろんなソフトとシミュレーターがあるから、みんな自宅で録ることもできるんですよ。でも、ドラムに関してはマルチトラックレコーディングをしなきゃいけない。そこはやっぱり環境が必要なんです。あとは専門的な知識も必要だから、誰かのアシストなくしてはいい環境に辿り着けないし。ただ、相互扶助みたいな感じで開かれてるスタジオってなかなかないんですよね。プライベートスタジオを持ってるミュージシャンは多いんだけど。 一ミュージシャンは、(プライベートスタジオを)成功の証として自分で使うだけなんですか。 後藤:そこはやっぱり怖さがあると思う。変な使い方したら普通に壊れるから。 一あー、素人が押しちゃいけないボタンを押しちゃうとか。 後藤:そんな爆破ボタンみたいなもの、ないんだけど(笑)。でも機材によってはかなりデリケートなものがあったりするし。 ホリエ:実際、スタジオってしょっちゅうトラブル起きるもんね。維持する難しさはあると思う。人件費の問題も。 後藤:そうそう。電気代やメンテナンスもあるし。だからぶっちゃけ、誰がやってもスタジオってそんなに儲からないもので。同じ面積で建物を造るなら分譲マンションにして売ったほうがいいでしょう、みたいな短期的な話になってくる。海外でも、半分は文化を守るような目的で誰かがお金出したりしてるから。そういう意思がないと成り立たないっていうのはありますね。