9月に引退会見を行った元大関貴景勝。右は師匠の常盤山親方＝両国国技館

【ベテラン記者コラム】失ってみて、その存在の大きさに気づかされることもある。一年の納めとなる11月の大相撲九州場所（10日初日、福岡国際センター）。その番付から元大関貴景勝（28）のしこ名が消える。 関脇に転落した貴景勝は9月の秋場所中に現役を引退。年寄「湊川」を襲名した。現行のかど番制度では、同場所で10勝以上挙げれば1場所で大関返り咲きとなる特例が適用されたが、3日目から途中休場した。 大関在位30場所、優勝4度。「綱とり」も経験したが、横綱昇進の夢は果たせなかった。28歳1カ月での引退は、昭和以降の昇進で最高位が大関の力士では2番目の若さ。近年は首の痛みに悩まされ、場所前の稽古もままならないほど深刻化していた。 突き、押し一筋の取り口を全うしたが、大相撲には寸鉄人を刺すような成句がある。「突き押しだけで横綱になった力士はいない」。実際、思いつかない。 貴景勝が大関に昇進したころ、この話をよくしたことを思い出す。「押し相撲だけじゃ横綱になれないって、自分で勝手に決めつけているだけじゃないですか」。「無理といわれているからやりがいを感じている部分もある」。「自分自身でその可能性を止めてしまったら、一生そこで終わりになってしまう」。 突き押し相撲は激しく強くぶちかまして、ひたすら突き、押し込んで足を前へ出す。シンプルな攻め手に迷いは生じにくい。一方で、好不調の波があるとも指摘されている。 ❶戦術のレパートリーが狭い ❷相手によって身長も体重も変わるため、立ち合いの再現性が低くなる ❸出足が衰えれば威力は半減する ❹相手と間合いができるため、引き技を食うリスクも高い 過去、綱を張った3人に共通するところがある。北勝海（現日本相撲協会・八角理事長）も突き押し相撲が主体だったが、三役に定着したころには前まわしを引き、差し手を浅くのぞかせるなど取り口に幅が出た。身長204センチだった曙も長いリーチを生かし、上手を引きつけて寄る相撲もみせた。武蔵丸は重い突きを武器にしたが、大関のころから右差し、かいなを返す四つ相撲も覚えていった。 嘉納治五郎を祖とする講道館柔道には「力の用法」という考えがある。それは「押さば引け、引かば押せ」。押してくれば自然に受けて、引いてくればそれに乗じる。相手の動きに合わせず、技を仕掛ける瞬間を探ることを「つくり」。相手の体勢を崩したときに、ふさわしい技を仕掛けることを「掛け」という。「つくり」と「掛け」は表裏一体にある。