「ウィンチカム隕石」の有機物を化学処理なしで分析 変質を最小限に抑える手法
隕石の一部は有機物を豊富に含んでいることがこれまでに知られていますが、多くの分析研究の過程では、は有機物を抽出するために溶媒(※)や酸が使用されます。これらは詳細な分析を行う上で欠かせませんが、一方でサンプルを変質させてしまいます。 今日の宇宙画像 ※…液体に別の物質が溶けている場合、その液体を溶媒、溶媒に溶けている物質を溶質と呼ぶ。例えば塩水なら水が溶媒、塩 (塩化ナトリウム) が溶質に当たる。 ミュンスター大学のChristian Vollmer氏などの研究チームは、落下からわずかな時間で回収されたことで知られている「ウィンチカム隕石(Winchcombe meteorite)」について、電子顕微鏡施設「SuperSTEM」と放射光施設「ダイヤモンド放射光施設 (DLS)」における分析研究を行いました。その結果、Vollmer氏らが「最小限に処理された(minimally processed)」と呼ぶ“化学処理を一切行わない方法”でも、有機物の正確な組成や化学結合の性質を特定できることが示されました。 この分析手法は、サンプルの変質を最低限に抑えられるという意味で、「リュウグウ」や「ベンヌ (ベヌー)」といった貴重な小惑星サンプルの分析にも生かされるかもしれません。
■隕石の有機物を調べるには化学処理が必要
これまでに見つかっている隕石の多くは、地球の岩石と同様に無機物を主体としています。しかし、小数の隕石は重量の数%が有機物でできているという変わった組成を持っています。このような「炭素質コンドライト」と呼ばれる隕石は、地球の有機物の源、ひいては生命の源になったかもしれません。このため、炭素質コンドライトは隕石の分析研究の中でも特に注目されています。 隕石に含まれる有機物は、溶媒に溶けやすい有機物と溶けにくい有機物に大別されます。溶媒に溶けやすい有機物はアミノ酸やアルコールのように単純な分子であり、なおかつ生命に直接関連した分子も多いため、特に注目されます。一方、溶媒に溶けにくい有機物はケロジェンと呼ばれる炭化水素などの高分子化合物であり、こちらを取り出すには酸が使用されます。 アミノ酸のような興味深い分子は、隕石の中でも少量しか存在しません。そのため、溶媒で抽出して濃度を高めることは詳細な分析を行う上で欠かせません。一方で、この方法は化学処理を行うため、サンプルを変質させてしまいます。サンプルが有限かつ貴重であること、技術革新によって新たな分析手法が登場している歴史を踏まえると、可能な限りサンプルに手を加えない手法 (in situな手法) で分析することが望ましいものの、そのような方法では有機物を隕石から抽出する場合と比べて限られた情報しか得ることができませんでした。