1点へのこだわり 長嶋監督「殴打事件」の真相 ものすごい血相で「そこに座れっ」 話の肖像画 元プロ野球選手・張本勲<22>
《スクイズ見落とし…》 忘れられない出来事があります。巨人2年目(昭和52年)5月19日の福井での大洋(現DeNA)戦です。柴田(勲)が三塁走者でした。高田(繁)が四球を選んだ。1点を追う場面で無死一、三塁になった。私はその時点で3割3分3厘。最終的に3割4分8厘と打った年です。シメシメですよ。バッターとしてはよだれが出る場面です。外野フライでも1点ですから。内野手はやや前にきている。 【写真】記念写真に納まる張本勲さん、王貞治さん、原辰徳さん、巨人の阿部慎之助監督、ソフトバンクの小久保裕紀監督 1球目、投手が投げた。ボールです。カウント1―0からの2球目かな、三塁走者の柴田が本塁に突っ込んでくるんです。当然アウトですよね。一塁走者の高田は二塁に走った。柴田に「お前、何やってるんだっ」と言ったら「張本さん、スクイズですよ」って。「何っ!」ってベンチにいる長嶋(茂雄)監督の方を見たら、ジーっとこっちを見ている。 スクイズなんて生まれて初めてです。3割3分3厘を打っている私にスクイズのサインを出すかな?って思うじゃないですか。監督は何を考えているんだって。直後の1死二塁からセンター前にヒットを打った。二塁走者の高田をちゃんとホームにかえし、同点にした。これで帳消しになったと思った。試合は高田のサヨナラ本塁打で勝ったんです。 《長嶋監督の〝ほっぺた殴打事件〟とは…》 試合を終えるとマネジャーが「監督がお呼びです」って。サインは見落としたけど、同点タイムリーを打った。おっ、小遣いでもくれるのかなと思うじゃないですか。「いいねぇ」と喜んで監督室を訪ねました。びっくりしましたよ。正座をしてるんです、長嶋さんが…。ものすごい血相で「お前、何やってるんだ、そこに座れっ」って。すごい剣幕(けんまく)でした。 当時、長嶋さんが私のほっぺをたたいたと大げさに言われましたが、本当はね、肩に手をかけただけなんですよ。そして言われたんです。 「張本、よく聞けよ。あの場面(無死一、三塁)で外野フライでも1点の場面だ。お前なら簡単に外野フライを打てるかもしれない。でも俺は監督だ。どうしても1点が欲しかった。どんなバッターでも打ち損じはあるだろう。三振もある。お前はバントが非常にうまい。絶対に失敗はない。だから俺はスクイズのサインを出したんだ。お前が監督になったら、俺の気持ちはわかるはずだ」ってね。 あの場面、まさかスクイズなんて…と思うからこその、監督としての〝1点へのこだわり〟なんですね。ハッとしました。長嶋監督は目をそらさず、じっと私の目を見ていた。私もこういう性格ですからそらさなかった。「すみませんでした。この次からは必ずサインを見落とさないようにします」と両手をついて謝りました。
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