自閉症の兄を持つ双子の挑戦。障害のある人が描くアート作品で、社会を変える「ヘラルボニー」
◆障害のある人とそうでない人とを結ぶ 作品の魅力を、どうしたら多くの人に伝えられるだろうか。最初に取り組んだのが、るんびにい美術館の作品をネクタイの柄にして商品化することでした。「ネクタイ」にしたのは、障害のある人とそうでない人とを結ぶ、というメッセージを込めたかったから。作品の力強さや質感を伝えるためにも、プリントではなく、シルクの織り地で実現したいと思いました。 当時、僕は建設会社の営業で、崇弥は企画会社のプランナー。会社勤めの傍らでの挑戦のうえ、アパレルはまったくの門外漢でした。そんななか老舗紳士洋品メーカーである「銀座田屋」さんが僕たちの思いを受け入れて、細かい色使いや繊細なタッチを生かしたネクタイを作り上げてくれたのです。これが、思い出深い商品の第一号でした。
◆存在しない言葉「ヘラルボニー」 僕たちには4歳上に、重度の知的障害を伴う自閉症の翔太という兄がいます。生まれたときから一緒なので兄の存在は特別なことではなかったけれど、周囲の目は違う。実際、僕たちも兄を拒絶してしまった時期がありました。ほどなく元の仲に戻ることができましたが、兄がいなかったら自分も差別する側にまわっていたんじゃないか。そう考えるとこわくなりますね。 その兄が子どものころ、自由帳に書き続けていた言葉が「ヘラルボニー」でした。さんざん調べましたが、存在しない言葉なので意味はなく、兄は単に音の響きか文字の見え方が気に入っていたんじゃないか、と思います。社名にはそんな検索ヒット数0件の言葉を選び、「スタート時は0でも、ここから新たなものをつくる」という思いを込めました。
◆ライセンス契約は作家の意思を尊重しながら ライセンス契約を結ぶ際は、作家自身が納得して決めたか、ということが重要です。家族でしっかり話し合えるよう、契約までの確認作業には一定の時間を設けています。ある人は、得た収入で「好きなアイドルのコンサートに行く」と言っていました。確定申告をする人もいて、収入源があれば家族や普段お世話になっている施設の人にも安心感が生まれるし、作品のデータを運用していくことで、ノルマを設けた個展開催や作品制作を避けることもできます。彼らには彼らの時間の流れやルーティンがあるので、それぞれのペースで、自発的に作品が生まれることを大切にしたい。企業から作風に対する要望がある場合には、作家の意思を尊重しながら意向を伝えるようにしています。 誤解してほしくないのは、障害のある人の作品だから優れている、と考えているわけではないということ。作品の選定はきちんとしたいので、金沢21世紀美術館のキュレーターでもある黒澤浩美氏が企画アドバイザーを担当しています。 アートの分野で一定の成果を出せたいま、アートに関心がない人にも就労の場をつくりたいというのが今後の夢です。兄がそうであるように、誰もが絵画が得意なわけではないですから。意味を持たない「ヘラルボニー」という言葉が、いつか福祉を意味したり、社会を繋いだりする言葉になればいいなあ。障害のある人は差別や支援の対象ではない。かけがえのない異彩だ、という意識をこれからも根づかせていきたいです。
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