日本有事に安保で米軍は動くのか 法哲学者や元自衛隊幹部が語る懸念
アメリカに有利な「片務条約」
法哲学者の井上達夫氏は日米安保の誤った認識が広まっていることに苦言を呈す。同条約はアメリカに日本防衛義務を課すが、日本にはアメリカを防衛する義務がなく片務的だと言われている。しかし、じつは日本のほうが重い負担を負っていると井上氏は語る。 「日米安保はアメリカのメリットのほうが圧倒的に大きい。日本はアメリカに日本領土のどこにも米軍基地を設置する権限を与え、首都東京の上空も含む広範な空域の航空管制も米軍横田基地に与えている。また、アメリカは日本防衛以外の戦闘目的のために在日米軍基地を使用できる。しかも、基地の使用について日本政府は実効的に統制できない。これはものすごく危険な状態です」 「国際法上、戦争している国に基地や兵站(へいたん)を提供した国はその交戦国に加担したと見なされ、中立国ではなくなります。例えばかつてのベトナム戦争で、北ベトナムが日本を攻撃したとしても、それは北ベトナムの『正当な自衛権行使』ということになっていたでしょう。つまり、アメリカが日本の防衛とは関係ない世界戦略のために軍事行動をして、それに日本が巻き込まれてしまうリスクがあるのです」
「一方、日本のメリットは、日本が攻撃されたらアメリカが守ってくれるというものですが、既に言ったように、アメリカの戦略的利害にかなう限りでしか米軍は動かない。日米安保は日本がただ乗りしていると言われることが多いですが、実態は逆で、アメリカが日本にただ乗りできるという意味で『片務的』なのです」
交戦法規がない現行憲法の問題
井上氏はリベラルな立場として「憲法9条削除論」を提唱、9条に代えて戦力の濫用を抑止する戦力統制規範(国会事前承認手続など)を憲法に明文化する立場だ。 「自衛隊は世界有数の武装組織です。しかし、憲法9条2項が戦力は持たない、交戦権は行使しないと定めているため、自衛戦力の濫用を抑止する戦力統制規範が、憲法にはない。自衛隊の交戦行動を国際人道法の交戦法規に従って規律する国内法体系もない。憲法が交戦権行使を否定しているのだから、そんな法律は制定できない。自衛隊は憲法と法律でがんじがらめに縛られているから使えない軍隊だと思っている人が多いが、これは逆。戦力統制規範も交戦法規もないため、危なすぎて使えない軍隊なのです。戦力放棄した憲法9条が皮肉にも、自衛隊を法的統制に服さない危険な戦力のまま放置する状況を産み出しているのです」 「今回、ウクライナはロシアの侵攻に対して降伏せず、徹底抗戦してきました。これは大事なことです。自分の国を自分たちで守ろうとしない国を、他国が助けてくれるわけがありません。世界各国がウクライナを支援し、既に830万人以上の難民を受け入れているのは、ウクライナ国民が戦っているからです。この冷厳な現実を日本人も直視し、自衛隊を立憲主義的統制に従って自衛戦力を行使する組織にするために、憲法改正問題と向き合うべきです」