本木雅弘との32年ぶりの共演は「ほぼ初共演のよう」 小泉今日子が『海の沈黙』で感じた価値観に“自信”を持つこと
『団地のふたり』との共通点
――今作では、孤高の天才画家・津山竜次の元恋人で、世界的に有名な画家・田村修三(演:石坂浩二)の妻・安奈という、物語のカギとなる重要な役を演じています。 小泉 久しぶりにヒロインらしいヒロインでのオファーをいただいて、最初は「わーい!」と思いました(笑)。最近は自立した女性や、元気で強い女性を演じることが多かったので。 でも倉本先生はおそらく、「ヒロインとして」というよりも、ご自身がどうしても描きたかった「美と本物」というテーマに対して、「この人なら共感してくれる」という視点で、私にオファーしてくださったのではないかと思っています。 ――倉本さんの作品では、台本のほかに、登場人物たちの歴史や思想まで細かく設定された資料が用意されているそうですね。 小泉 そうなんです。台本とは別に、それぞれの役に対して倉本先生が書いてくださる「履歴書」もいただきました。 これは、倉本先生のもとで学んだ富良野塾出身の脚本家の方にも受け継がれています。いま私は、NHKの『団地のふたり』というドラマにも出演させていただいているんですけど、ドラマの脚本を手がけているのが、富良野塾2期生の吉田紀子さんなので、このドラマでも、私が演じる太田野枝という役の履歴書をいただきました。 ――その「履歴書」とは、どのようなものですか? 小泉 『海の沈黙』の場合は、田村安奈がいつ生まれて、どんな家庭に育って、こんな学校を卒業して、いつ竜次に出会って、何歳で田村修三と結婚して……というような「履歴」が淡々と書かれていました。それをまずいただいて、そこにあとから自分の感情を味付けしていくイメージです。 ――世界的な画家の妻という設定もあり、小泉さんの演技にはいつも以上に年齢の重みや風格も感じました。どのように役作りをされたのですか? 小泉 安奈は著名な画家の娘として生まれ、画壇のルールの中で生きてきた女性です。一度はそこから飛び出したくて竜次と恋をしたけれど、結局は画壇のルールに則って成功している田村修三と結婚する道を選びます。 それが正解だと思って生きてきたところはあると思いますが、失恋の痛みを糧に自分を保ってきた時期もあったと思います。複雑な思いや感情を閉じ込めて、息を潜めるように生きてきた時間が長い人なんだろうなと考え、そんな空気感が出せるよう、意識しました。 物語においては、画壇で認められ順調に出世した田村と、そこから外れてしまった竜次との狭間で、どちらにも属さず、宙ぶらりんに生きてきた女性の虚しさや悲しさも醸し出せたらいいなと思って演じました。 映画のラスト近くで、この物語のテーマに迫る重要な場面があって。そのシーンに立ち会うのに値する人間を考えたら、私なりの安奈像ができていったように思います。