〝視線〟で描いた絵がTシャツに 素早く動かすと細い線、ゆっくりで太く 寝たきりの男性とアパレルの合作
視線入力装置で見つけた「できること」
病気の進行にともなって、「できないこと」が増えていく大地さんの姿に千夏さんは、 「これからできること、いままでしてこなかったこと、少しでも探したい」という思いがありました。 大地さんが特別支援学校の高等部を卒業した頃、千夏さんはコミュニケーションの道具として視線入力装置があることを知りました。 大地さんに初めて使ってもらったときには、画面に表示された風船を見つめると割ることができるゲームに大地さんが挑戦。「割れたのを見たときは、できないことの方が多くなってきた大地にもできることがあることがうれしかった。生きる力を改めて感じたんです」と振り返ります。 そのうち、視線入力装置を使ったゲームだけでなく絵を描くことにも挑戦し始めた大地さん 、父親の建築鈑金の会社の看板や、弟の結婚式で参加者にプレゼントしたネクタイピンやネックレス、千夏さんが愛用するかんざしなどに加工されています。 千夏さんは「力強い線が大地らしい」とほほえみます。
NUD.とのつながり
今年9月、NUD.はSNSで重度心身障害のある人が視線入力で描いた絵を募りました。視線入力装置がコミュニケーションの道具として注目されていることを知り、その作品の数々に「これまでになかった価値観」を感じての企画でした。 公募があることを知った千夏さんは、重度心身障害のある人を対象にした公募だけれど、チャリティーではない点やNUD.の理念にひかれ大地さんが昨年9月に描いた絵を送ったといいます。 「採用したい」と連絡があったと千夏さんから告げられると、大地さんは驚いたように目を見開いて感情を表したそうです。「うれしそうだった」と千夏さんは振り返ります。 大地さんの絵が使われたTシャツ は1枚6800円(税込)。売り上げの10%がデザイン料として大地さんの収入になります。千夏さんも「できないことだと諦めることが多かった分、大地にできることがある、いろんな可能性があると、ひとから認めてもらえたことがうれしいです」と話します。 障害のある人を含め、アートについて正規の教育を受けてきていない人が自発的に生み出した絵画などの作品のことを「アール・ブリュット(生の芸術)」といいます。障害のある人のアール・ブリュットの作品を布などにプリントし、ネクタイやスカーフなどの雑貨として販売する動きは「ヘラルボニー」など先例があります。 一方で、NUD.では、「脱がなくても点滴が受けられるライダースジャケット」「袖を通さなくても着られるブラウス」など、その障害があることで生まれたデザインを取り入れた服を販売しています。例えば、ライダースジャケットには二の腕袖部分にジッパーが取り付けられており、開閉できる上にそのジッパーがアクセントとして目を引きます。 大地さんの視線入力の絵をいかしたTシャツも、大地さんだから描けた絵が使われており、「NUD.の文字の枠を通して大地さんの世界を見てほしい」という思いが込められています。 谷口さんと共同でブランドを立ち上げた兵庫教育大学教授の小川修史さんは「松岡さんの視線入力でしか表せない、障害があるからこそ表現できた世界が絵の中に広がっている。たった1枚の絵として売るのはもったいないです」と話します。