アップル新製品群の“隠れた魅力”を紐解く 「カメラ機能の進化」の裏で飛躍的に進化する「音」の機能
内蔵スピーカーで音楽の再生が可能になった『Apple Watch Series 10』
これまでオーディオ機能についてあまり触れられることのなかった「Apple Watch」に関しても進化があった。ディスプレイを従来よりも大きな新開発の広視野角のOLEDに変更し、斜めから覗き込んだ時にも見やすく、省電力モードでも毎秒1回の画面書き換えを行うため秒針が消えないなど10周年モデルとして大きな進化を遂げたApple Watch Series 10。健康領域からも市販品としては世界初となる睡眠時無呼吸症候群の兆候を検出する機能(Series 9やApple Watch Ultra 2にも対応)で注目を集めているが、実は新たに時計の内蔵スピーカーで音楽やPodcastなどの音声コンテンツの直接再生が可能になった(これまではAirPodsなどのイヤホン経由でしか再生できなかった)。これは最新watchOS 11を搭載したApple Watch Ultra 2とApple Watch Series 10だけで利用できる。 Apple Watchは初代製品からスピーカーを内蔵していたが、音量が小さかったり、あまり良い音質で音を再生できないことから、これまではアラームや通知の音を発する以外には使われてこなかった。スピーカーを搭載しているなら、音質が伴わなくても音楽再生をさせてしまう「利便性」を優先する企業も多いが、一定の品質に達しないなら機能を提供すべきではないという「良い体験」重視のブランド企業・アップルとの製品開発姿勢の違いが現れるポイントの1つでもあった。 実は『Apple Watch Ultra』の開発でスピーカーの音量の問題はクリアしていたようだが、今回、それに合わせてApple Watchの小さなスピーカーでもより良い音質で音を鳴らすためのソフトウェア技術が開発できたということから、この機能の開発が解禁されたらしい。 それに合わせてApple Watch Series 10でも、従来製品よりも10%も薄型化しながら、個人で静かな場所で音楽を楽しむには十分な音量を出せるように製品内部のアコースティック設計を見直したという。 現時点では「Apple Music」や「Podcast」、「ボイスメモ」など限られた純正アプリしか内蔵スピーカーの利用に対応していないが、今後、他社製アプリでも利用できるようにするようだ。 ■手頃にノイズキャンセルを実現する『AirPods 4』と聴力の健康を守る『AirPods Pro 2』 アップルの「音」に関係するプロダクトで、おそらく最も成功しているのが「AirPods」シリーズだろう。2016年に登場したこの製品、最初は大成功を収めた音楽プレイヤー『iPod』の象徴だった白いヘッドホン『EarPods』へのオマージュのように、EarPodsからそのままケーブルを取り去ったような形をしていたが、その後、さまざまな機能を追加する中で形状も進化し、アクティブノイズキャンセリング機能を搭載した「Pro」シリーズや、高音質とファッション性を追求した『AirPods Max』といったシリーズの他製品も登場し発展していった。 今回、AirPods MaxはUSB-C充電端子の採用と5つのカラーバリエーションでリニューアルされた。 一番大きく変わったのは主流製品の『AirPods 4』。 基本機能だけのモデルに加えて、新たにアクティブノイズキャンセリング機能がついたモデルが登場した。標準AirPodsと言えばヘッドホンと耳の隙間を埋めるイヤーチップがないソフトな装着感のオープンイヤーヘッドホン。これでノイズキャンセリングをするのは技術的にも難しいが、アップルはそれを形にした。 もちろん、イヤーチップで耳を密閉するAirPods Proと同じレベルでノイズキャンセリング、というわけにはいかない。性能を聴き比べると高音ノイズのキャンセリング性能が落ちるなどの性能差はある。しかし、例えば飛行機や窓を開けた地下鉄での移動中の騒音やカフェでの周囲の雑踏を消して仕事に集中といったほとんどの日常利用で支障を感じることはないはずだ。 このアクティブノイズキャンセリング(ANC)機能がついたAirPods 4と、ついていないAirPods 4、価格差は8,000円(標準モデル:2万1800円、ANCモデル:2万9800円)。この価格差には十分見合う機能に仕上がっていると思う。 なお、ANCモデルには、実はノイズキャンセリング以外にも2つアドバンテージがある。ANC無しモデルと有りモデル、実は製品の見た目にはほぼ一緒だが、唯一、区別できるのが充電ケースの底面で、ANCモデルにはスピーカー用の穴が空いている。「なんでケースにスピーカーが?」と思うかも知れないが、これはケースの紛失時にiOSの「探す」という機能を使って音を鳴らし見つけ出すためのものだ(つまり、ANC無しモデルは紛失しても探すことができない)。 また実はこのANCモデルのケースのみ、非接触充電にも対応している。つまり、USB-Cのケーブルを挿さないでもQi(チー)規格やiPhone用のMagSafe、Apple Watch用充電器などの上に置くだけで充電ができる。 これだけできることに差があると、むしろ、あえてANC無しモデルを選択する理由を見つける方が難しい。 今回、このAirPods 4と、先に触れたAirPods Maxだけがリニューアルされて、人気の高いAirPods Pro 2だけは、製品のリニューアルが行われなかった。 しかし、実はこのAirPods Pro 2に関しても「音」に関わる非常に重要なアップデートが行われている。 それは「聴覚の健康」という一連の機能が追加されたことで、自分が「難聴」かを確認する「ヒアリングチェック」の機能、万が一、難聴になってしまっていた場合、周囲の人とスムーズに会話できるように助けてくれる「ヒアリング補助」の機能に加え、そもそも難聴になるのを防ぐ「大きな音の低減機能」も備えており、ヒアリングチェックの機能などは、厳しい審査基準を持つ厚生労働省にも承認されている。 「ヒアリングチェック」は聴力検査で世界的ゴールドスタンダードとなっている「純音聴力検査」に基づいた臨床レベルの検査。どの周波数帯でどの程度の聴力の減衰があるかを「dBHL(デービー・エイチ・エル)」という単位で記した聴力レベルのグラフを表示してくれる機能があり、診断後に問題が発覚して医師に相談する際に、結果をPDFとして出力する機能も備えている。 「ヒアリング補助」は音を増幅するだけでなく、音のバランスやトーンもチューニングしてくれる軽度から中等度の難聴者向けの補助機能だ。補聴器にかなり近い機能だが、どの周波数の音が聴こえていないかがわかるヒアリングチェックの診断結果に基づいて、自動的に利用者の聴力に最適化される。 また単純に人の声を増幅しただけだと、複数の人が同時に声を出している時に聴き取りにくいことに配慮して、自分の正面にいる相手の声だけを増幅するような機能も用意されている。 補聴器をつけたままでは電話の通話などが難しいが、その点もiPhoneとBluetoothで直接繋がるAirPods Pro 2なら問題なく快適に通話ができる。 このように「難聴」になってもサポートしてくれるAirPods Pro 2だが、世界に十数億人、日本だけでも1500万人いるという「難聴」者にならないで済むならば、それに越したことはない。アップル社でヘルスケア担当副社長で医学博士でもあるサンバル・デサイ氏は、難聴は孤立感を生むだけでなく、聴こえないからと聴くことを諦めてしまうと「脳が音を処理しないことに慣れて衰えてしまう問題もある」という。くわえてその結果、認知能力の衰えが加速するという危険性も指摘している。 この深刻な問題に立ち向かうべく、アップルはミシガン大学公衆衛生大学院および世界保健機関(WHO)と、長年にわたって「Apple Hearing Study」という難聴に関する研究を続けてきたが、その調査によれば「3人に1人は聴覚に影響を及ぼす可能性のあるレベルの大きな環境騒音に日常的にさらされている」ことがわかってきた。そこで開発されたのが「大きな音の低減機能」で、毎秒48,000回のスピードで周囲の音を検知して、耳にダメージを与えそうな大音量の場合には、音の特性を損なわずに音量を下げて耳へのダメージを抑える。 例えば急に間近でなった車のクラクションなどの大音量も、大きな音であることや何の音であるかはわかるが、耳へのダメージは低減される。 アップル社は、ハイダイナミックレンジマルチバンドコンプレッサの進化によって実現したこの機能の音質に自信があるようで、例えば大音量のライブコンサートなどでもAirPods Pro 2を装着した状態で参加することを推奨している。 映像の影響が大きい昨今のテクノロジーの世界で、実はアップルは我々を取り巻く「音」についても、これだけ真剣かつ多角的な取り組みをしている。この秋の新製品はそのことが伝わってきやすいラインアップだった。
林信行