海洋深層水の未来と可能性 持続可能なエネルギーとなるか 高知・室戸市で「サミット」開催
<情報最前線:ニュースの街から> 海洋深層水の未来と可能性を探る「海洋深層水サミット」がこのほど、国内で初めて高知県室戸市で開催された。同市は1989年(平元)、日本で最初に海洋深層水が取水されておりこれを使った商品が出たり、産業が興っている。今回は地元をはじめ、静岡県、富山県といった自治体、沖縄・久米島の事業者などが集結。活用の推進につなげようというパネルセッション、最新の研究成果の発表などが行われた。 ◇ ◇ ◇ ミネラルウオーターや塩、入浴剤に化粧品など、海洋深層水を使ったものは周囲に出回っている。ホスト県の高知では実際1800点以上を商品化し、今も約300点の関連商品があるという。今回のサミットは、さらなる利活用を推進しようと初めて開催された。 室戸市で全国に先駆け、世界で3番目の取水施設が設立されてから今年で35周年。この間、気候の温暖化、エネルギー資源の枯渇、食糧危機など、地球を取り巻く環境は大きく変わった。 日本を取り囲む身近な海でも、さまざま異変が報告されている。藻場が枯れてサンゴ礁が発生したり、海水温の上昇によるサンマやスルメイカの不漁、三陸でシイラ、北海道沿岸でブリが揚がるなどがいい例だろう。世界的な課題解決が求められるなか、海洋深層水は環境に負荷をかけない「持続可能な新たなエネルギー資源」として注目されている。 もともと水深200メートルよりも深い場所にある海水の総称で、日本では室戸市のほか、北海道・羅臼、神奈川・三浦半島、鹿児島・甑島、富山・入善、静岡・焼津など現在19カ所に取水施設が設置されている。おおよそ、陸地から急に海底地形が深くなる「ドン深」のポイントにある。太陽光が届かず、年間通して水温が低く保たれている。植物性プランクトンの光合成もないため、ミネラルが蓄積される。陸から離れており、汚染物質も少ない。このため、「富栄養性」「清浄性」「低温安定性」という利点がある。 魚介類の蓄養のために海洋深層水を取り込めば、安定供給も見込める。環境の変化で漁ができなくなったり、水揚げが減ったりしても、陸上養殖などの別手段でできる。室戸市では、サツキマス(渓流魚アマゴの海降型)を陸上で養殖している。魚類だけでなく、同県で高知大や室戸市民と産・官・学の連携で取り組んだ臨床結果から、腸内環境が整うことが証明された。 現在の用途は養殖などの水産業、飲料水や加工品などの食品関連事業だろう。消費者は「海洋深層水を使っている」という触れ込みで手に入れるだけでなく、効果を認識したうえで恒久的に購入する。現在のそんな状況と今後の展望について、海洋深層水利用学会会長である大阪公立大の大塚耕司教授(61)はサミットでこう語った。 「深層水を利用することが第1段階とすれば、どんな効果をもたらすかが第2段階。今はその先の第3段階として、これらのメカニズムの解明というフェーズにさしかかっている。健康、エネルギー、第1次産業などを通じて、理解してくれる人を増やすことが課題」。 サミット期間中、学会の会員が地元の小学5年生を対象に出前授業を実施した。深層水と、表層の海水を分離して水槽に入れ、これをコーヒーサイホンの要領で抽出してくみ上げる。冷たい氷のような深層水と自分の手のひらの体温との温度差を利用して発電し、プロペラを回すという実験だ。うまく回ると歓声が上がっていた。授業の最後、次々と挙手して児童から感想が飛び出した。「農作物や海産物が育つ」「海洋深層水で電気を作ることで世界が変わる」。 サミットの最後に取水地の各自治体が協力し合うことで合意した。同時に児童のこれらの発言こそ、室戸から発信する海洋深層水の未来と言えよう。【赤塚辰浩】 ◆室戸市 1969年(昭44)に発足。高知県の東南部、高知市の東方約78キロにあり、人口約1万1000人。太平洋に5字形に突出した室戸岬を中心に東西53キロの海岸線を有する。9世紀、弘法大師(空海)によって開かれた寺がある。江戸時代の土佐藩政下で始まった水産業は、現在の基幹産業の基礎となっている。鹿児島・枕崎、和歌山・潮岬とともに「台風銀座」としても知られる。年平均気温は16度台、年間降水量2000ミリ以上と高温多湿な気候で、ビワなどの栽培に適している。平日は徳島県海陽町と高知県東洋町を結ぶDMV(デュアル・モード・ビークル)が、土・日・祝日は乗り入れており、市内の「むろと廃校水族館」「室戸世界ジオパークセンター」「室戸岬」「海の駅とろむ」に停車する。 ■レアメタル可能性 海洋深層水の新たな可能性として、レアメタル(希少金属)について研究発表された。室戸の深層水には、ハイテク産業に不可欠なマンガントラストを含む海底鉱物資源があるという。「採取が可能になれば、数万年レベルの鉱床が見込めそう」(大塚会長)。日本近海の深海には多くのレアメタルの鉱床があるとの探査報告がある。鉱物資源としての利用価値が上がれば、海洋深層水が日本経済にさらに大きく貢献することになる。 ■水温差活用し発電「久米島モデル」 海洋深層水を使ったモデルとして注目されているのが沖縄本島の西にある久米島だ。13年から世界初の海洋温度差発電(OTEC)に取り組み始めた。低水温の海洋深層水を冷熱源、太陽光で温められた表層の海水を温熱原として、約20度以上ある水温差を活用して発電する。 この電気を利用して地域の冷房をまかなう。世界で初めてカキの完全陸上養殖に成功したほか、クルマエビなどの水産物の養殖、農作物の栽培、化粧品の開発、温浴施設の開設などで産業を振興し、雇用を創出して地域の発展に貢献する「久米島モデル」となっている。 このモデルは沖縄県内や国内の島しょ部だけでなく、世界の島国の参考例にもなっている。6年前にマレーシアでプロジェクトが立ち上がったほか、モーリシャスやインドネシア、ハワイなどで発電設備の設置を進めているという。 ■富山では工場施設の冷却媒体利用 国内の取水施設のうち、富山県と静岡県からさまざまな取り組みが発表された。 富山県入善町では、パックごはんを製造するメーカーが深層水を工場施設の冷却媒体として利用。電力を95%カットし、年間で合計約1500トンもの二酸化炭素排出量を削減した。冷却に使われて温かくなった深層水はカキやアワビなどの養殖、蓄養、浄化などに利用されている。一昨年には黒部川の伏流水と富山湾の深層水でサーモンの陸上養殖事業を始めた。 東西約56キロに広がる駿河湾がある静岡県では、マリンバイオにより研究開発領域を重点化している。水産や食品、創薬、エネルギーなどだ。浜名湖産のアオサ由来酵母による日本酒、用宗産シラス由来乳酸菌のチーズ、焼津産カツオ由来乳酸菌のラーメン、沼津産深海魚由来乳酸菌のビールなどの商品が開発されている。まだまだ可能性が広がっていきそうだ。