陸の近くで急発達する危険な台風やハリケーンが温暖化で激増、嵐が嵐強める悪循環も、研究
避難を難しくして住民を危険にさらす、温かい海水を糧にする熱帯低気圧
2023年9月、大西洋を北上していた大型のハリケーン「リー」が、観測史上3番目の速さで急激な発達を遂げた。カテゴリー1(最大風速33~42メートル)だった風速がたった24時間で2倍以上になり、5段階で最強のカテゴリー5(同70メートル以上)の猛烈なハリケーンになったのだ。 ギャラリー:豪雨、竜巻、雷、台風…異常気象の衝撃写真13点 これほど急速に発達する熱帯低気圧(台風、ハリケーン、サイクロンを含む)は、毎年、数えるほどしか発生していない。しかし、2024年8月24日付けで学術誌「Nature Communications」に発表された論文によると、海岸線から400キロ以内の海上で急速に発達する熱帯低気圧が40年前に比べてはるかに増えており、24時間で最大風速が23メートル(45ノット)以上速くなったものは3倍に増えたという。 沿岸地域に住む人々にとって、陸地に近づく直前に急速に発達する台風やハリケーンは、外洋で発達するものに比べて大きな脅威となる。そのような状況下では、中程度の強さの台風やハリケーンを想定した避難情報はまったく不十分であり、何万人もの人々が危険にさらされることになる。これは、気象学者にとって最悪の悪夢だ。 熱帯低気圧の急速な発達は、刻々と変化する多くの条件がそろったときに突然起こるため、つい最近まで予測が困難だった。さらに、熱帯低気圧の発達は中心部の活動に左右されるところが大きいものの、中心部からは非常にデータが集めにくいことも、予測を難しくしていた。 科学者たちは今、急速に発達する熱帯低気圧の脅威を人々に警告するための新しい手法の開発に取り組んでいる。
台風やハリケーンのでき方
台風やハリケーンなどの熱帯低気圧は、いくつもの環境条件がそろったときに発生する。 熱帯の水温が高い海域で海水が蒸発して水蒸気になると、渦を巻く上昇気流ができて、その海域の気圧が下がる。周囲からは、この低気圧の中心に向かって暖かく湿った空気が吹き込む。 一方、上空にのぼった水蒸気は熱を放出して水滴に戻り、積乱雲をつくる。このときに放出された熱が周囲の空気を温めて上昇気流を強め、気圧をさらに下げる。 熱帯低気圧は、暖かく湿った空気が周囲に豊富にあり、上層の風速が大きすぎない場合によく発達することがわかっている。ハリケーン「リー」の場合はどうだったのだろう? 「すべての条件がそろっていました」と、米ニューヨーク州立大学オールバニー校の気象学者であるブライアン・タン氏は言う。リーが爆発的に発達する直前に、その内部で氷晶と雨水が渦を巻く様子を捉えた画像を見たタン氏は、大変なことになると確信したという。 「急速に発達するハリケーンは対称な形をしていることが多いのですが、リーも非常にきれいな対照形だったのです」 タン氏によると、米海洋大気局(NOAA)のハリケーン解析・予測システム(HAFS)などの気象モデルも、リーの急速な発達を約24時間前から予測していたという。 しかし、予測は完璧ではなかったとNOAAのハリケーン・フィールド・プログラムのディレクターである気象学者のジェイソン・ダニオン氏は言う。「私たちは、1日で風速が16メートルほど速くなるだろうと予測していましたが、実際にはもっと速くなったのです」 事前にもっと多くのデータをハリケーンの中心部から集められるようになれば、モデルの予測精度はもっと向上するかもしれない。ダニオン氏らが行っている航空機を使ったハリケーン偵察飛行も、そうした試みの一つだ。 また、2020年の研究では、衛星データやメキシコ湾のブイからの測定値などを分析したところ、2018年にフロリダ半島に上陸する前日に急発達し、数十人の命を奪い、250億ドル(約3兆6000億円)もの被害額をもたらしたハリケーン「マイケル」が接近中に海洋熱波が発生していたことが判明している。同様のデータがあれば、今後、接近中のハリケーンが急速に発達する恐れがあるかどうかを気象学者が気づけるようになるかもしれない。 さらにNOAAの研究者たちは、ハリケーンの研究がほとんど行われていない最も危険な下層部にドローンを飛ばして、その発達のしくみに関する有益な情報を集めることにも挑戦している。