資産価値の低い実家…「誰か住んでくれないかな」 空き家と入居希望者をマッチング、進む官民の連携
住まい×福祉 九州の現場から㊤
生活の基盤である「家」を巡り、日本はいま二つの大きな課題に直面している。少子高齢化に伴って増え続ける空き家と、老後の住まい。家が余る一方で、経済的理由や保証人がいないなどの事情で家を借りられない高齢者らがいる。福岡県大牟田市では、この二つの課題をかけ合わせて一挙両得を目指す官民の連携が進んでいる。 【写真】空き家となった物件を紹介する大牟田ライフサポートセンターの三浦雅善さん 「ここも、ここも空き家で、こっちはもう更地」。大牟田市居住支援協議会の事務局長、牧嶋誠吾さん(58)が市中心部の住宅地図を広げて指さした。 炭鉱のまちとして栄えた同市の人口は約10万5千人で、1950年代のピーク時から半減し、高齢化率は38%を超えた。市によると、1万2760戸(2023年)の空き家があり5年前より1800戸多い。1日1戸のペースで増えている計算で、空き家率21・3%と全国の約14%を大きく上回る。 千尋さん(60代)=仮名=の実家もその一つ。東京からの遠距離介護で両親を見送り、10年前に空き家となった。 築60年を超える3LDKの平屋で、布団や食器などの生活用品はそのまま。風通しをしないと家が傷み、庭木や雑草もすぐ伸びるため、年に3、4回帰省して手入れを続けた。その後に住んだ親族も昨年夏に亡くなってしまった。 仮に売却するならお金をかけて室内の物を全て処分し、改修する必要もある。だが大きな道路に面していないため資産価値が低く、買い手は付かないだろう。賃貸物件とするにも現状のままでは貸せない。「誰かが住んで維持してくれないかな」。そんな時、空き家と入居希望者をマッチングする同協議会を見つけた。 ■ ■ 大牟田市に隣接する熊本県荒尾市の正章さん(66)=同=は借りていた家が16年の熊本地震で損傷し、引っ越しを考えていた。だが、思うような物件はなかなか見つからなかった。 1人暮らしで年金は月4万円。社会保険のない飲食店勤務が長かった。現在も期間労働を続けるが、医療費が1カ月当たり1万円を超えるため、家賃は2万円程度に抑えたかった。不動産会社の表に張り出された物件情報を見ても、そんな家はない。敷金礼金の負担も重く、連帯保証人を頼める人もいない。「でも福祉(生活保護)には頼りたくない」と動けずにいた。 そんな正章さんが行き着いたのも同協議会だった。 事情を知った千尋さんは家賃8千円で貸すことにした。協議会が紹介した業者が布団などを処分し、冷蔵庫やエアコンは正章さんが使うことに。協議会事務局のNPO法人大牟田ライフサポートセンターが身元を保証し、3月の入居後も見守りを続けている。 「住んでもらえるだけでもありがたいし、見守りもあって安心して貸せる」(千尋さん)。「家賃が抑えられて本当に助かる。元気なうちはずっと住みたい」(正章さん)。双方にとってウィンウィンの解決策となった。 ■ ■ 内閣府による23年の全国調査では、高齢者の約85%が持ち家で暮らす。対して総務省の統計を見ると、全世代の持ち家率は近年6割前後で推移しており、65歳未満では右肩下がり。社会保障に詳しい日本大の白川泰之教授は、非正規雇用が拡大し、就職氷河期世代も高齢期が近づいている現状を踏まえ「今まで以上に低収入世帯の低家賃住宅ニーズが高まる可能性がある」と警戒する。 ところが、貸す側の意識は追い付いていない。国土交通省が21年に行った調査では、家主の7割が高齢者の入居に「拒否感がある」と回答した。実際に入居を制限している家主の9割は「死亡事故などへの不安」を理由に挙げた。 国は07年に「住宅セーフティネット法」を制定し、対策を試みてきた。高齢者のほかにも低所得者や障害者、子どものいる家庭などを「住宅確保要配慮者」と位置付けて、民間賃貸住宅への入居を後押しする官民組織「居住支援協議会」の創設を推進。後に空き家を要配慮者の賃貸住宅とする登録制度なども設けた。 しかし対策は遅れ、入居後のサポートも課題となっている。要配慮者が住宅を確保できない背景には生活困窮や孤立、ひきこもり、ドメスティックバイオレンス(DV)などのさまざまな問題があるからだ。 そこで来年10月に施行予定の改正法は入居後の継続的サポートを重視し、国交省と厚生労働省が住宅施策と福祉施策の垣根を越え支援強化を目指す。 ■ ■ そうした中で、先進的な事例として注目される一つが13年から続く大牟田市での取り組みだ。実動部隊であるライフサポートセンターが市と協議会の共同事務局を担い、構成メンバーには福祉、介護、医療や不動産の関係団体も連なる。 同センターは、空き家を要配慮者らとマッチングすることで“廃虚化”を予防するだけでなく、家探しの過程で見えてきた「困り事」に応じ福祉などの支援につなげる。23年度は約1200人の相談に応じた。入居者が年会費を支払うことで身元保証や安否確認、死後の納骨などを託せる制度の会員は50人に上る。 同センター事務局長でもある牧嶋さんは「居住支援は人口減少社会に向けた地域づくりであり、住民の課題解決に向けて地域それそれに取り組む必要がある」と語った。