発達障害の子の特性「体験できるVR」気になる実力 日々体感している困難さや辛さはどんなものか
カギはVR研修後のディスカッション
当事者が見ている世界をリアルに体験できるVR研修。このプログラムが興味深いのは、「VR研修をして終わり」ではなく、その気づきをアウトプットする時間があることだ。 「体験するだけでは『合理的配慮をしなければいけないね』で終わってしまいがち。しかし、体験の後に周囲と『こういう時はどうすればいいか?』などと意見を交換することで考えを一歩深めることができ、自身の成果として持ち帰ってもらうことが可能になります」 VR研修後のディスカッションの重要性について、こう指摘する岡田氏に小林氏も続く。 「このVR研修は、グループで体験する点が非常にポイントだと思います。とくに専門家でない方の学びでは、VRでまざまざと体感したことを話し合う時間が重要です。以前、うちの大学で60~70人の学生にこのVR研修を体験してもらったところ、終了後に当事者だという学生が『自分のことをこんなにわかってもらえてうれしい』と伝えに来てくれました。その時はVR体験だけでグループディスカッションの時間を取っていなかったので、『自分はこうだ』と話したかったのでしょう。ほかの学生も、きっと授業外の時間に学生同士でVRで体験したことを語り合いたいのではないかと思います」 これまでVR研修を実施した学校や自治体に対してアンケートも行っているが、VR体験前と後では発達障害について「十分理解している」と答えた人の割合が11%から25%、「ある程度理解している」と答えた人が39%から62%に増えた。また、「限局性学習障害の人の見え方を再現してほしい」といった要望も寄せられて、さっそく映像に取り入れたという。
よくある場面を児童生徒視点で体感できる
教員をはじめとした教育関係者は、このVR研修でどんなことを感じ、どんな気づきを得ているのだろうか。東京都大田区立多摩川小学校では、2023年9月に校内でこのVR研修を実施して、同校の教員全員が参加した。 多摩川小を拠点とした特別指導教室(サポートルーム)の巡回指導教員として、支援が必要な児童に合わせた情緒コントロールや日常生活を送るために必要なスキルの獲得をサポートしている今部洋介氏は、研修を受けた感想をこう語る。 「この研修のVR体験は今までにない経験でした。個人的に印象に残ったのが、LDの子の見え方です。僕は違和感を感じない文章がグネグネと歪んでいたり、ぐるぐる回って見えたり。こういう見え方をしていたら、筆算ひとつとっても解くのが難しいなと改めて感じました。また、ゲームを通した学びで楽しくなりすぎた時に、大きな声が出てしまう子も授業を妨害するつもりはなく、その子にとっては普通のことなのだと再確認しました。本で読むと『そうなんだ』で終わる内容も、VRで体験することでグサッと刺さるものがあり、文字での理解と全然違うなと感じました」 その体験は、日々の指導にも生かされているようだ。 「発達障害の特性を理解するのはとても大切なこと。VR研修ではその理解を深めることができたと感じています。VR映像で、授業中に外で音が鳴って窓まで見に行くという場面がありますが、実際にそういった反応をする子もいます。VR研修を通して『あの子はすごく気になったんだな』と改めて感じました。自分で体感できたので、同じような場面に遭遇した時、注意するのではなく『どうした?』と呼びかける指導ができるようになったと思います。体感することで理解が深まり、大人の側に心の余裕が生まれるように思います」 VR研修は、VR体験と専門家の解説による講義、ディスカッションの構成で約25万円~(30名/1回開催で申し込みの場合)だという。今後について岡田氏はこう話してくれた。 「今まではどうしても関東近郊での実施が中心でしたが、全国でお使いいただけるよう提案していきたいと思っています。小中学校の先生の研修でよくいただくのが『児童生徒に使ってほしい』という声です。小さいお子さんにVRを体験いただくのはハードルが高いこともありますが、理解と納得が得られれば、児童生徒向けに利用していただけるようにしていきたいですね。また、今は教室のシーンだけですが、今後は社会人や大人の発達障害にも広げていきたいと思っています」 頭で理解していても、自分ではない他人が実際に何をどう感じているのか、体感するのは難しいもの。発達障害当事者の世界を体感できるVR研修は、新たな気づきと学びにつながるはずだ。 (文:吉田渓、写真:NTT ExCパートナー提供)
東洋経済education × ICT編集部