【社説】多縁な社会へ 知人口を地域で増やそう
「地方消滅2」(人口戦略会議編著)と題した新書が昨年話題になった。石破茂首相は目玉政策として、地方創生を再起動させた。 どちらも地方の人口減少への危機意識がにじむ。放っておくことができない問題である。 地域に住む人が老い、人口が減れば、なりわいや伝統行事を昔と同じように維持するのは難しい。生活も不便になるかもしれない。 こうした地域の未来は悲観するしかないのだろうか。そうではない。地域に合った工夫で、住民の生きがいや幸せの実感を高めることができる。 「高齢化する世界の手本になり得る」と内外の研究者が注目する取り組みが九州にある。 ■働く喜びと生きがい 福岡県うきは市の山あいにある株式会社「うきはの宝」の作業場で、80代のおばあちゃんたちが年の瀬まで干し芋を作っていた。甘みが強く、ネット販売で人気だ。 地元出身の大熊充さんが2019年に創業し、あえて75歳以上のおばあちゃんを雇っている。 以前、車で高齢者の買い物や通院の送迎ボランティアをしていた頃、利用者の暮らしに驚いた。困窮と孤立である。大熊さん以外に一日誰とも会わない、話さないという人もいた。その経験が「ばあちゃんビジネス」を生んだ。 増えた高齢者は、見方を少し変えるだけで豊富な人材になる。おばあちゃんたちは週2日程度、加工品作りにいそしむ。半日でも働くと「生活にめりはりがつく」と楽しそうだ。 誰かと一緒に話し、働く喜びは生きがいになる。心身の健康にも効果をもたらす。 それはあらゆる地域に共通する価値だ。大熊さんの元には全国の自治体、町内会、社会福祉協議会などから視察や講演の依頼が引きも切らない。 後期高齢者と呼ばれる年齢になっても、介護を必要としない人は大勢いる。知恵や経験を引き出せば、地域活動ばかりかビジネスにも生かすことができる。高齢者の捉え方を見直してみよう。 ■日常の安心を高める 経済協力開発機構(OECD)によると、日本は友人らと交流がない人の割合が調査対象の20カ国で最も高い。 家族や地域との接触がない社会的孤立は、年齢や地域を超えた課題だ。大都市に限らず、地縁や血縁が強かった町村でも、住民の結びつきは弱くなっている。 むしろ無縁化が進んでいると言った方がいいだろう。人知れず亡くなる人、助けを求める相手がいない人は身近にいる。 今こそ、人と人がつながる意義と価値を再認識したい。 それは地域で豊かに暮らすために欠かせない要素で、社会関係資本(ソーシャルキャピタル)と呼ばれる。普段から住民同士がつながり、寄り合う場所があり、共同活動ができれば、高齢化しても足腰の強い地域になる。 有識者や政府は将来推計人口、高齢化率、出生率を基準に地方の持続や消滅の可能性を論じる。現実と合っているだろうか。 地方で暮らす私たちは、住民が希望を持てる、達成可能な目標を持ちたい。 福岡県福津市の津屋崎地区を拠点に、九州内外の地域づくりに携わる山口覚さん(津屋崎ブランチ代表)は「ちょっと手伝ってと言える人を増やそう」と提起する。「知人口」と名付けた。 こうした人たちの存在は急病や自然災害など、いざというときに頼りになる。人口が減っても知人口が増えれば、日常の安心が高まりそうだ。 山口さんは「知人口を増やす機会は人為的につくる必要がある」と語る。地域によってさまざまな方法が考えられる。うきはの宝は高齢者が集い、働く「ジーバー喫茶」を福岡県春日市などに開設する準備を進めている。 多縁な地域社会を九州に築きたい。政府や自治体の政策に頼らなくても、近所同士の小さなきっかけから始められる。昨年よりも多く人と縁を結ぶ年でありたい。
西日本新聞