薮宏太が30歳のリアルを熱演 『RENT』前夜を描いたミュージカル『tick, tick...BOOM!』
ミュージカル『RENT』を生み出した夭折の天才、ジョナサン・ラーソンの自伝的ミュージカル『tick, tick...BOOM!』が10月6日、東京・シアタークリエで開幕した。出演は薮宏太、梅田彩佳、草間リチャード敬太。 【全ての写真】ミュージカル『tick, tick...BOOM!』ゲネプロ&初日開幕前会見(全13枚) 世界中で上演され続け2005年にはハリウッドで映画化もされたミュージカル『RENT』は、脚本・作詞・作曲のジョナサン・ラーソンのきらめく才能と情熱が詰め込まれた名作である。しかしジョナサンはオフ・ブロードウェイでのプレビュー公演の前夜、35歳の若さで急逝。彼はその後の『RENT』の大ヒットをその目で見ることがなくこの世を去ってしまったのだ。……『tick, tick...BOOM!』は、そのジョナサン・ラーソンが『RENT』を生み出す以前、夢と才能との狭間で葛藤し、焦りを抱いていた自分の姿を赤裸々に綴った自伝的作品だ。 物語は1990年ニューヨークが舞台。ミュージカル作家として成功を夢見る29歳のジョンは、創作への情熱はあるもののなかなかヒットに結びつかず、アルバイトで生計を立てている。恋人のスーザンはダンサーだが、子どもたちにダンスを教える道を考えつつある。俳優を目指していたルームメイトで親友のマイケルはマーケティングリサーチ会社に就職、今やBMWに乗るビジネスマンになり、ジョンにも自分の会社に就職しないかと誘ってくる。ジョン自身は5年かけた新作ミュージカルの試演会が間近に迫っている。30歳の誕生日を目前に、このまま夢を追い続けていいのか、どこかで見切りをつけるべきなのか迷うジョンだったが……。 自分は若い頃と何も変わっていないのに、自分を取り巻く環境は否応なく変わっていく。社会的立場や責任を感じることも増え、自身の将来、親のことなども考えなくてはいけない。まわりの友だちが一気に大人に見えたりもする……。30歳という年齢は、リアルだ。そしてそのことを必要以上に重大事として考え、自分自身でタイムリミットを設定し「20代のうちに何とかしないと!」と焦燥感にかられてしまう。薮宏太はそんな、30歳以上の人間なら誰もが共感できるようなセンシティブな感情をどこか淡々と、俯瞰的な視点でもって演じていく。パッションだけに走れないその姿から伝わるのは、さまざまなしがらみも生まれ臆病な心も顔を覗かせる、30歳のリアル。もともと薮の持つ優し気なイメージとも相まって、悩めるジョンの姿はとても共感性の高いものになっている。 恋人スーザンを理知的に演じた梅田彩佳、夢に見切りをつけ就職をしたマイケルの切れ者感をスマートに演じた草間リチャード敬太もまたリアリティがあって良い。彼らの姿もまた悩みつつ人生を決めた30歳前後の若者のリアルだ。同時に、ジョンを思いやりつつ押しつけがましくない存在感に温もりが伝わってくる。また俳優はたった3人しか登場しないミュージカルのため、ふたりは他にもジョンを取り巻くさまざまな人物を演じていくのだが、その八面六臂っぷりも楽しい。 そして何と言ってもやはり音楽がいい。ジョナサン・ラーソンらしい、キャッチーで疾走するような瑞々しいロックサウンド。作曲家でもあるジョンを演じる薮にはピアノの弾き語りシーンも多いが、そこもナチュラルに見せていたのでぜひご注目を。『RENT』ファンは、作中のちょっとしたシーンに――例えば電話のシーンなどに『RENT』の萌芽を感じ取ることもできるだろうから、そんな視点で観るのも楽しいのでは。また「夢は人生を食いつぶす」「ほかのみんなはどんどん進んでいく」等、何かを必死に掴もうとしている人には苦い台詞の数々が心を刺すのだが、しかしジョン(ジョナサン・ラーソン)はこの5年後、世界的大ヒット『RENT』を生み出すという事実は、悩みながら夢を追う人々に大きなエールを与えるに違いない。