銀行登録印はどれだ? 見つかった印鑑は8本、母(79)は「覚えていない」と言う…親の介護で遭遇した“資産管理問題”を乗り越えた方法は
口座が凍結されて年金が使えなくなる恐怖
こうなったら、残る7本の印鑑から正解を引き当てて疑惑の種を摘み取るしかない。 同じくらいに年季の入った印鑑がもうひとつあったので、そちらで間違いないと思って出し直した。しかし数週間して、また書類が戻ってきたという連絡を老健からもらった。 連続2回のミス。そして残りの6本の印鑑のうち、どれが正解なのかまったく分からない。いよいよピンチだ。 覚悟を決めて、近所にある系列銀行の支店に向かった。母は直近の診察でも認知症とは診断されていない。ただ、本人が直接窓口に行って登録印を確認することは状況的に不可能だ。包み隠さず事情を話せば何かしらの方法を教えてもらえるのではないかと考えたのだ。 2021年、全国銀行協会は認知判断能力が低下した顧客の口座の取引についてこれまでよりも柔軟な対応を求める声明を公表している(※)。そうした背景から、似たような状況の筆者の家族にも寄り添ってもらえるのではないかという期待もあった。 ※一般社団法人全国銀行協会「金融取引の代理等に関する考え方および銀行と地方公共団体・社会福祉関係機関等との連携強化に関する考え方について」 (2021年2月18日)
「これで万策尽きた」と思ったが…
身分証明書を出しながら窓口で現状を明け透けに話して相談すると、悩む間もなく「息子さんであっても登録印を教えることはできません」と言われてしまった。これで万策尽きた。 しかし、窓口の人は続けざまに「払い戻し請求書を使って、お持ちの通帳から千円札を引き出す申請をしてください。書類に押印欄があるので、印鑑が正しければ引き出せますよ」と抜け道を教えてくれた。申請の際に本人か代理人かは確認していないが、この方法を1~2回試して登録印を確認する人は結構いるのだという。ATMを介さないので暗証番号を入力する必要もない。 手元にある印鑑は6本。似たり寄ったりの丸い「古田印」が5本と、母のファーストネームを彫った楕円形の1本がある。何となく直径が一番大きな古田印を選んで押して申請してみたら「これではないようです」と言われた。 ならばその次に大きいものかと思ったが、そちらも「これではないようです」。その次に大きなものを押したら、「これではないようです」。 いよいよ不審に思われると思った矢先、「もっとひしゃげているかもしれません」と強力なヒントを添えてくれた。ひしゃげている。円形以外の印鑑はファーストネームを彫った楕円のものしかない。一番ないと思っていた印鑑だが、押してみると北里柴三郎が描かれた新千円札を渡してくれた。 かなりギリギリの助け船を出してくれたのだと思う。筆者が口座の持ち主の息子であったとしても、他の家族に内緒で行動している線も捨てきれなかったはずだ。それでも筆者の細部を観察しながら判断してくれた。感謝しきりで支店を後にして、早速老健の書類を再々提出した。 しばらくして自動引き落としが確認できたとき、心から安堵した。老健の窓口に月額費用を現金で支払う暫定措置をする必要もなくなり、手間がひとつ減ったのも良かった。 母はいまでも「まさかこんなことになるとは」と繰り返している。入院をきっかけに車椅子生活となり、落ち着く間もなく老健に移ることになった。想定していない状況が続いて、落ち着いて考えることが難しい状況なのかもしれない。それでも時計の針は動いていて、日々の生活にはお金がかかる。 距離を置いて介護環境を整えるにしても、親という他者と社会とを円滑に接続するにはなかなか骨が折れる。年末年始などで親やきょうだいと話し合える空気になったら、どうかそのことを思い出してほしい。
古田 雄介
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