柴咲コウのいてつくまなざし、不穏に動くルンバ......『蛇の道』黒沢清監督「面白い映画とは怖い映画である」
■面白い映画とは怖い映画である ――黒沢作品はたとえ恋愛映画であっても、必ずホラー的な要素が入っています。さまざまなジャンルを手がけるようになっても監督が「怖さ」にこだわる理由とは? 黒沢 それはやはり、子供の頃に見た映画の影響でしょうね。僕の世代だと、初めて見る映画ってだいたいが怪獣映画なんですよ。『モスラ』なんてすごく印象的で、街が崩壊して人がバタバタ死んでいく光景を大スクリーンで見て恐怖したわけです。 でも、それが楽しかった。面白い映画とは怖い映画のことなのだと思いました。それが映画の原体験として刷り込まれているので、「映画は怖くなければ」と考えてしまうのでしょう。 ――「怖い=面白い」だった。 黒沢 よく淀川長治さん(映画解説者)もおっしゃっていたじゃないですか。「怖い映画でしたね」と。あれは最上級のホメ言葉ですよ。 僕が好きなスティーブン・スピルバーグの映画も、ほとんどの作品が怖いですよね。怖くする必要のないジャンルにも怖い演出が入っている。 新聞社を描いた『ペンタゴン・ペーパーズ~最高機密文書』では、スクープ記事を運ぶ記者が会社を出た瞬間に車にはねられそうになる。不意打ちですごくびっくりするんですけど、そこまで驚かす物語上の必然性はない。でも、そういう怖い演出を入れてしまう。ああいうのが大好きなんです(笑)。 ――数々の「怖い映画」を演出してきた監督は、「こうすれば怖くなる」という「恐怖の方程式」はありますか? 黒沢 自分なりにはありますが、難しい質問ですね......。なぜなら、「こうすると怖い」とはわかっていても、もはや僕自身はそれをやっても怖くないからです(笑)。 だから、今は恐怖映画のセオリーどおりではないのに、なぜか怖いといった演出のほうに興味があります。それだけ恐怖は映画にとって奥深い表現なのです。 ●黒沢 清(くろさわ・きよし)『CURE』(1997年)で国際的に注目を集め、第54回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に出品された『回路』(2000年)で国際映画批評家連盟賞を受賞。その後も『叫』(06年)、『トウキョウソナタ』(08年)、『クリーピー 偽りの隣人』(16年)など、世界三大映画祭をはじめ国内外から高い評価を受ける。『岸辺の旅』(14年)では第68回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門・監督賞を受賞、『スパイの妻 劇場版』(20年)では第77回ベネチア国際映画祭・銀獅子賞を受賞。今年は、第74回ベルリン国際映画祭ベルリナーレ・スペシャル部門で『Chime』がワールドプレミア上映され、また、9月には『Cloud クラウド』が劇場公開される。 ■『蛇の道』全国劇場公開中(配給:KADOKAWA)【あらすじ】8歳の愛娘を何者かに殺されたアルベール・バシュレ(ダミアン・ボナール)は、偶然出会ったパリで働く日本人の心療内科医・新島小夜子(柴咲コウ)の協力を得ながら、犯人探しに没頭し、復讐心を募らせていく。だが、事件に絡むある財団の関係者たちを拉致監禁し、彼らの口から重要な情報を手に入れたアルベールの前に、やがて思いも寄らぬ恐ろしい真実が立ち上がってくる...... ©2024 CINEFRANCE STUDIOS-KADOKAWA CORPORATION-TARANTULA 取材・文/小山田裕哉 撮影/樋口 涼