柴咲コウのいてつくまなざし、不穏に動くルンバ......『蛇の道』黒沢清監督「面白い映画とは怖い映画である」
――娘を殺された宮下(香川)の復讐を、謎の男である新島(哀川)が手伝うという内容でした。今作は基本的な設定は変えず、香川さんの役柄をフランス人のダミアン・ボナールさん、哀川さんの役柄を柴咲さんが演じています。 黒沢 映画の中心を男女にしたことで、前作になかった要素が入ってきました。それはふたりの関係だけでなく、ストーリー展開にも及んでいます。この復讐劇の向かう先が自然と変わったのです。98年版とは違った結末になっているので、前作をご覧の方も新たな発見があると思います。 ■柴咲コウが表現した前作とは違った恐怖 ――ネタバレにならない範囲でヒントだけお願いします。 黒沢 主人公を女性にしたとはいえ、柴咲さんが演じる「新島小夜子」以外の主な登場人物は男性のまま。しかし、たったひとりの女性を主人公にしたことで、かえって「彼女がすべてをコントロールしているのかも」という雰囲気を出すことができました。その影響は大きかったですね。 ――確かに、「他人の復讐の手伝い」という異常な行為をしている小夜子の動機がわからないことが、この映画の張り詰めた緊張感につながっています。しかも、彼女は心療内科医という人間の心理分析に長けた職業でもあります。 黒沢 いかにも怪しいですから、あれこれ裏の意図を想像してしまいますよね。 ――小夜子が部屋でルンバをじっと眺めている場面が何度も出てきますが、「この人は何を考えているのだろう」といろいろな想像をさせられました。でも、本人はまったく内面を語らないから、どんどんえたいの知れない人物に変わっていって、次第にルンバまで怖く見えてきました。 黒沢 あれは自分でも、「よくぞ思いついた」と(笑)。もともと脚本には書いてなかったんです。「部屋でじっとしている」とは決めていたのですが、それをどう映像にするかはギリギリまで悩みました。 そうしたら直前に、「ルンバだけが動いている部屋を撮ればいいんだ」とわかって。すぐ現地スタッフに「フランスにもルンバはありますか?」と聞きました(笑)。 ――暗い部屋の中で動くルンバをただ眺める小夜子の姿は、すごく印象に残っています。黒沢 その意味でも柴咲さんは、前作の哀川さんとは違った種類の怖さを表現してくれたと思います。