会社への不満や離職対策に効く人事データの活用法 タムラ製作所の心理的安全性のつくり方
心理的安全性は魅力あふれる組織の基盤である
――働きがい改革&業務改革プロジェクトの開始から4年がたちましたが、現時点でどのような成果が得られていますか。 浅井:一つは、会社全体の心理的安全性の向上です。サーベイを始めた初年度は、サービスを利用する企業の全国平均を下回っていました。しかしここ2年ほどは安定して全国平均を上回っている状態です。 今振り返ると、サーベイを始めた当時は、心理的安全性やサーベイ自体に対する認知が低かったと思います。未提出者には一人ずつ電話をかけて回答を促していました。工場のように社員全員にデジタルデバイスが割り当てられていない事業所は紙で回答してもらうなど、回答を集める段階から苦労していましたね。 佐藤:その結果、提出率は初年度で9割近くに達したのですが、サーベイ会社の担当者は「他の会社ではあり得ない」とおっしゃっていました。データというとスマートに聞こえますが、分析も含めて意外と泥臭い行動が施策推進を支えているように思います。今は社内の心理的安全性に対する認知が定着しつつあり、サーベイスコアは平均を上回る水準をキープできています。 浅井:もう一つは離職状況の改善ですね。自己都合による離職者数は、2019年度と比較し、23年度は3/4ほどになっています。当初の課題だった「組織への不満」を理由にした離職も解消されつつあります。例えば、退職時に実施しているアンケートにある「チームは共通の目標に対し協力できていたか」という設問について、初年度の肯定的回答率は30%程度だったのに対し、2023年度では60%を超えています。つまり、組織の状態に不満を持ち退職するケースは着実に減っています。 ――データ活用は、組織の心理的安全性にどう作用したと考えていますか。 浅井:改めてデータを取得すると、上役の“勘と経験”のとおりのことも多く、プロの見立ての価値を再認識することができました。一方で、外から見るとうまくいっているようなのにメンバーの働きがいは意外と低かったり、そうではなさそうに見えるチームで心理的安全性が担保されていたりすることがわかるなど、スコアを介していろいろなことが見えてくるのは興味深いところです。 ――今後の展望や課題を教えてください。 浅井:サーベイ分析に基づく施策やアクションの成果から、データ活用に手ごたえを感じています。実際、ケンブリッジ大学の教員が私たちの取り組みに関心を寄せてくれて、先日アメリカで出版されたタレントアナリティクスの本に取り上げられました。定量的な二つの異なるサーベイを組み合わせながら、定性的なインタビューも重ねる事で行動特性をあぶりだし、施策につなげていることが評価されたようです。 当社は中長期ビジョンで、「人が集まる会社・人が憧れる会社」をありたい姿として設定しています。労働力の獲得競争が激しくなる中、働き手にとって魅力あふれる組織、すなわちエンゲージメントの高い組織になることが求められると考えています。心理的安全性は、働きがいや組織エンゲージメントを下支えする位置づけです。このため心理的安全性サーベイに加え、エンゲージメントサーベイの実施に着手したところです。 浅井:一方で、管理職の間で二極化が進んでいることは課題だと感じています。心理的安全性への関心が高い管理職が進んで行動変容に取り組んでいる一方で、そうでない管理職はサーベイ結果をほとんど見ていないかもしれません。底上げをどう図るかを考える必要があります。 先ほど組織への不満を理由にした離職が減った話をしましたが、もう一歩踏み込んだ取り組みの必要性を感じています。従業員のキャリア設計やタレントマネジメントにもデータアナリティクスを取り入れられないかと、思案しているところです。キャリアの個別化が進んでいるからこそ、自動化や機械化を図れるところはデータの力を借り、人でなければできないところにより目を向けられたら良いと思います。 今のところ、人事にはデータ専門職を配置していないため、私たちが分析結果を考察し、施策の立案と運営を手がけています。マンパワーが不足していて、やりたいことはあっても後手に回っていることも多く、もどかしいところです。データ活用のプレゼンスを高めて、今後は体制を強化していきたいですね。
プロフィール
浅井 遥さん(あさい・はるか)(株式会社タムラ製作所 人事総務本部 人事統括部 働きがい推進グループ グローバル支援セクション リーダー) 佐藤 奏さん(さとう・かな)(株式会社タムラ製作所 人事総務本部 人事統括部 働きがい推進グループ グローバル支援セクション) 岸 ジャネール 直美さん(きし・じゃねーる・なおみ)(株式会社タムラ製作所 人事総務本部 人事統括部 働きがい推進グループ グローバル支援セクション)