安田顕「“自分はこうである”と思い込むことが役者にとって大切な作業」
『孤狼の血』シリーズなどで知られる柚月裕子のミステリー小説を映画化。物語のはじまりは、県警の広報職員・森口泉の親友である新聞記者が変死体で発見された事件から。その1週間前、親友と仲違いしていた泉は自責の念もあり、事件の調査を独自に開始。だが、事件の裏に潜んでいたのは思いがけない真実だった……。亡き友の無念を晴らそうとする泉の奮闘と、彼女の前に突きつけられる怒涛の展開が見どころ。そんな主人公の上司にして、元公安の富樫隆幸を演じる安田顕に話を聞いた。 ――物語に対してどんな印象を持ちましたか? 非常に引き込まれました。脚本に対しても、柚月さんの原作に対しても。どんどん読み進めていける勢いがある上に、バラバラな点が線に繋がっていく心地良さがあって。それは、完成した映画にもあるものだと思っています。 ――主人公の上司である富樫俊幸は、そんな物語におけるキーパーソンの1人です。 富樫という男を一言で言い表すなら、虚々実々。何が本当で何が嘘か分からない状況が続く物語ですが、富樫もまさにそうである上に、“自分はこうである”とその時々で心の底から思い込んでいる。それって役者もある意味同じで、“自分はこうである”と思い込むことが役者にとっては大切な作業だと思っています。結局、どの役も自分ではありませんから。料理人だったり、刑事だったり、その人にはその人の職業があり、生活があるわけで、役者の僕とは違う。だからこそ、大事なのは思い込むことだと思っています。 ――具体的にはどんなアプローチを? 原作を何度も読ませていただきました。おじさんに対する描写がとても細かく、参考になりました。うなじを掻く、おしぼりを使う、後頭部を触る、ポケットに手を突っ込む。そういった仕草の1つ1つが非常によくとらえられていたし、森口泉(杉咲花)からすれば、そういった仕草に目が行くことの意味があって。話す言葉以上に動作が意味を持っている印象を受け、そこから人柄を読み解いていきました。 ――富樫を含め、この作品の登場人物たちの場合はすべての仕草に意味がありそうです。 映画をご覧いただいたときに、“このことを言っていたのかな?”と想像していただけると楽しいかもしれないです。人の心情が仕草に現れることって、かなり多いみたいですし。しかも、人は意外と見られているものですから。今、口角をちょっと上げたでしょう? ――はい。 口の動きにも、心情って現れるそうです。たとえば、本当のことを言っているのか、少しはぐらかしているのかといったことも口の動かし方に現れるらしくて。目の動きもそう。左を見ているときは経験に基づいて何かを思い出していて、右を見ているときは経験にないものを自分で作り上げている。そういうのもあるみたいです(笑)。 ――実際、泉はそういったものにも目を向けながら、真実に近づいていかなくてはいけません。富樫と泉の関係をどう捉えましたか? 大きく言えば、2人は仕事仲間であり、富樫にとっての森口泉は可愛い後輩。ただ、富樫はいろいろな思惑を抱えている人ですから、この物語のはじまりとなる事件が起きたときに、自分なりの大きな絵を描きはじめたと思うんです。その絵の中には、森口泉という存在もいたでしょうね。 ――泉とのシーンで印象に残っているものは? どれも緊張感のあるものばかりでしたが、料亭でのシーンはテイクをかなり重ねたので印象に残っています。原(廣利)監督は1つのシーンを長回しで撮られる方なのですが、2台のカメラで微妙に違う角度から僕たち2人の顔を狙ったテイクもあって。“1台でいいんじゃない?”と思いましたが(笑)、角度がちょっと変わるだけでも違うニュアンスが映り込んでくる。出来上がった作品を見て、すべて必要なカットだったんだなと感服しました。現場では、杉咲さんと目で話していたんですけどね。「随分撮るね~!」って。いや、僕が勝手にそう思っていただけかもしれない(笑)。 ――愛知県各市でのロケはいかがでしたか? 撮影期間中は、豊橋駅から車で10分ほどのところにあるサウナに通っていました。原監督も行かれたらしく、「原さん。実はいいサウナがあるんです」と話したら、「そこ、僕も行きました!」と言われて(笑)。先月、違う作品を豊橋で撮影したときもまた行きました。 ――お気に入りなんですね(笑)。 老舗のサウナで、すごく居心地がいいんです。ロケにはそういった楽しみもあります。 ――緊張感のある作品ですから、リラックスは大事ですね。出来上がった作品をご覧になったときは、どんな感想を持ちましたか? 見える角度、見る角度で全部変わってくる作品になっていました。“これはこうです”と提示するのではなく、“見る角度っていろいろありますよね? 角度次第で正義も変わるでしょう?”と説教臭くなく教えてくれる。その人の思想や思いをポンと出すと、映画というものは結局プロパガンダになると思うんです。ドキュメントではないから。そんな中、主人公の目線で進む物語ではあるけど、“あれ? ちょっと待てよ”と思わされる。登場人物それぞれの見る角度で悲劇にも喜劇にも変わっていくし、正義の意味も変わってくるところに心をつかまれました。 ――こういったミステリー映画はよくご覧になりますか? 正直に言うと、YouTubeで昭和プロレスばかり見ていて……。ディズニープラスで昔の映画を見たりはしますが、普段から映画に触れるというよりは、見たいものを好きなときに見るスタンスです。部屋で酒をちょっと飲んで、犬を抱っこしてなめてもらって、昭和プロレスを見て、それで満足。明日のために何かをすることもなく、これでいいんだろうかという漠然とした不安をよぎらせながらも、好きなことだけやっています(笑)。 ――お仕事とリラックスタイムは分けるタイプですか? 結果的に分かれてきますね。夢中になっているときは、そのことしか考えないので。“面白い脚本だな”“素敵な作品になりそうだな”“どんな役だろう?”なんてことを考えはじめたら、ずっと考え続けてしまいます。撮影中もそう。撮り終わったシーンなのに、帰って着替えているときもそのことを考えて、お風呂に入るときも考えて、寝るときも考えて、朝起きても考えて。なので、作品が何もないときは犬になめられる時間が大事なんです(笑)。 『朽ちないサクラ』6月21日公開 原作/柚月裕子 監督/原廣利 脚本/我人祥太、山田能龍 出演/杉咲花、萩原利久、森田想、駿河太郎、豊原功補、安田顕 配給/カルチュア・パブリッシャーズ 2024年/日本/上映時間119分
取材・文/渡邉ひかる text:Hikaru Watanabe