『テイラー・オブ・パナマ』真実と虚構の狭間で揺れる”仕立て屋”にジョン・ル・カレが投影したもの
『テイラー・オブ・パナマ』あらすじ
英国諜報員アンディは、不祥事からパナマに飛ばされてしまった。彼の役目は、アメリカからパナマ運河の所有権を返還されたこの国の政情を探ること。アンディは政府要人御用達の腕のいい仕立屋(テイラー)ハリーに目を付け、弱みをちらつかせて彼を情報源にする。しかし、ハリーは偽りの情報を流し、やがて国家を巻き込む騒動を呼び起こす…。
はじめに断っておくと、映画『テイラー・オブ・パナマ』(01)はそれほど高評価を受けた作品というわけではない。数々の名作を世に放ってきた名匠ジョン・ブアマンの力作ではあるが、決して代表作と呼べる類ではないし、実際に鑑賞中もどこに沸点があるのか、何をどう面白がるべき作品なのかわかりにくい感がある。 しかし公開から20年以上の歳月を経たいま改めて見つめると、だいぶ熟成が進んだせいか、我々はいささか余裕を持ってこの映画を俯瞰し、味わうことができるように思う。 俯瞰する中で初めて知ること、気づかされることは多い。例えば、子役として可愛らしくたたずむ少年。「どこか見覚えがあるような・・・」と思ってエンドクレジットに目を凝らすと、なんとダニエル・ラドクリフだった。本作からさほど月日を待たずに”ハリー・ポッター”役として時の人になるなんて、公開当時の我々には知る由もなかったことだ。 また、2018年に刊行された「ジョン・ル・カレ伝」という書籍には、この映画がもともとはジョン・ブアマンではなく、トニー・スコット監督作として始動したものだったとの記述がある。スコットはコロンビア・ピクチャーズの莫大な資金を使い下見のためにパナマを訪れ、原作者であり脚本執筆にも携わったジョン・ル・カレもこれに随行したとのこと。 だが、制作費の面で折り合いがつかなかったのか、結局のところスコットは降板。2001年は傑作『スパイ・ゲーム』が公開されるなど彼にとって円熟味を極めた時期だっただけに、もしスコットが『テイラー・オブ・パナマ』を手掛けたなら、スピーディーにカメラが滑空するサスペンスフルな内容に仕上がったのではないか・・などと今更ながらあれこれ想像するのも楽しい。