泣き続ける双子と家に閉じ込められ、限界まで追いつめられた…35歳で出産した「村井理子」さんが当時聞きたかった言葉(レビュー)
翻訳家でエッセイストの村井理子さんは、35歳のときに双子の男の子を出産した。終わりの見えない過酷なワンオペ育児に、「限界まで追いつめられた」という。 息子さんたちが18歳に成長した今でも消化できないほど苦しんだ当時、村井さんは母親としてどんな思いを抱え、どんな言葉を聞きたかったのか――。 『母親になって後悔してる、といえたなら 語り始めた日本の女性たち』(高橋歩唯/依田真由美・著)を読み解きながら、当時を振り返ってもらった。 ***
村井理子・評『母親になって後悔、といえたなら 語り始めた日本の女性たち』
本書は2022年に出版され話題を集めた『母親になって後悔してる』(オルナ・ドーナト著、鹿田昌美訳、新潮社)を読み、率直な感想をSNSに寄せた女性たちをNHK記者が取材し、その切実な声をまとめた一冊である。 私は35歳で双子の男児を出産した。順風満帆の子育てではなかった。何度も自信を失い、自分は母親失格なのではないかと思い続けてきた。しかし母としての自信喪失より辛かったのは、終わりの見えない過酷なワンオペ育児だった。働き盛りの夫は、日付が変わってから帰宅することが多かった。泣き続ける双子と一緒に家に閉じ込められ、限界まで追いつめられた。 「大変なのはわかりきって産んだのだから、母親が責任を持って育てるべし」という社会の空気が苦しかった。保育園になんとかして入園させ、それからは全てを振り切るように仕事に明け暮れた。収入のほとんどが保育費に消えたが、それでも救われた気持ちがした。 当時の写真は息子たちが18歳になった今も見ることができない。成長した二人を見て「母親になってよかった」と思いもする一方で、「母親でない人生を思い切り生きたかった」と強く思う自分がいる。この二つの感情が同時に存在することは自然なのだと、誰も私に言ってはくれなかった。その言葉が聞けたなら、私はあれほど苦しまずに済んだのに。 本書の第1章には印象的な母親が登場する。自分を守るために、生きていくために母親をやめ、子どもたちと偶然同じ時代を生きる、彼らのファンになることを決意した女性だ。その人が存在しているだけでうれしいのがファンだから、一生、子どものファンでいようと決めたという。この一節を読み、心が軽くなった。同じように彼女の言葉を聞き、そのような考え方もあるのだと知って何かが開けたと表現した母親もいた。 絶対に口に出してはいけないと誰もが思っていた「母親になって後悔してる」という言葉。しかし勇気を出して声をあげることで、救われる母親たちが存在する。子どもを愛しているという気持ちと、母親になったことを後悔する気持ちが隣り合わせに存在しても間違いではないのだと、本書は丁寧に伝えている。 著者は最後に「この本が、多くの人にとって、心を軽くするお守りのような存在になることを、切に祈っている」と書いている。きっとそんな一冊になるだろう。 [レビュアー]村井理子(翻訳家、エッセイスト) 翻訳家、エッセイスト。1970年、静岡県生まれ。滋賀県の琵琶湖畔に夫と双子の息子と暮らす。著書に『義父母の介護』『村井さんちの生活』『兄の終い』『全員悪人』『家族』など。訳書に『ゼロからトースターを作ってみた結果』『「ダメ女」たちの人生を変えた奇跡の料理教室』など。 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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