「宇宙が1つって、誰が決めた?」多様な世界の仮定から生まれた無数の宇宙の存在
たくさんの宇宙がある根拠
なぜ私たちが観測する真空のエネルギー密度が、理論の自然な見積もり値に比べてはるかに小さいのか――物理学者たちがいくら探しても見つけられなかったこの問いに対する答えを与えるというだけでも、この人間原理の考え方には意味があると言えるでしょう。 しかしこの考え方には、さらに極めて重要な帰結があります。それは、「真空のエネルギー密度が現在の物質のエネルギー密度よりはるかに小さいことはない」という予言です。 なぜなら、ワインバーグ自身も指摘しているように、宇宙で高等生命体が生まれるためには真空のエネルギー密度は物質のエネルギー密度程度に小さくなくてはならないが、それ以上小さい必要はないからです。 これはどういうことでしょうか。
高等生命体が生じる宇宙の真空のエネルギー密度
無数にある宇宙の中で、高等生命体が生じた宇宙を考えてみましょう。その宇宙での真空のエネルギー密度は、たまたま複雑な構造を許す範囲――つまりそのような構造(高等生命体を含む)が生まれた時点での物質のエネルギー密度とほぼ同程度以下の範囲――におさまっているはずです。 しかしこの場合、そのたまたま得られた真空のエネルギー密度の値が、許される最大の値よりはるかに小さい、つまり構造が生まれた時点での物質のエネルギー密度より何桁も小さい値を持つ可能性は低いと考えられます。なぜなら、この考え方をしなければならなかったそもそもの理由が、真空のエネルギー密度を小さく抑える理論的なメカニズムは存在しないということだったからです。 すなわちもしこの人間原理の考えが正しければ、真空のエネルギー密度は現在の物質のエネルギー密度とほぼ同じ大きさで観測されるはずだと言えることになるのです。これは多くの物理学者たちが、問題が解けたあかつきには真空のエネルギー密度はゼロとなるはずだ、と考えていたのとは極めて対照的な結論です。 ワインバーグにより1987年に発表された人間原理に関するこの論文は、ながらく人々の関心の的になることはありませんでした。しかし約10年後の1998年、真空のエネルギー密度はこの論文で予言された通りに、パールマター、シュミット、リースらの観測により、宇宙の加速膨張という形で衝撃的に示されることになるのです。 つまり、自然界には無数の異なる宇宙が存在するという一見突拍子もない考えは、他のどの理論も説明し得なかった真空のエネルギー密度の小ささを説明しただけでなく、その真空エネルギー密度が(人間が宇宙を観測したとき、すなわち高等生命体が生じた時期の)物質のエネルギー密度とほぼ同程度の大きさであることまで予言し、それは実際に観測で確かめられたのです! 本記事を執筆された野村泰紀さんのインタビュー記事も公開中。あわせて、お読みください。 〈無数に存在する宇宙たちと、その謎に挑み続ける物理学者たち〉https://gendai.ismedia.jp/articles/-/94546
野村 泰紀(バークレー理論物理学センター長・カリフォルニア大学バークレー校教授)