侍Jのタイブレーク死闘の裏にもうひとつの心理戦勝利
もう日付が変わろうとしていた。 4時間46分の死闘のクライマックスは大会特別ルールのタイブレーク。 延長11回。打席に入る前に「バントでつなぐので後は中田さんよろしくお願いします」と、中田に声をかけてきた鈴木がバントに成功。「一段と気合が入ったような気がした。誠也のためにも何とか意地でも打ってやろうという気持ちでいた」という中田のレフト前タイムリーで2点をリードはしたが、その裏、オランダも無死一、二塁からのスタートなのだ。バントで送られ、1本出れば、たちまち振り出しに戻る。その1本が、豪華メジャー軍団のホームランになれば、逆転サヨナラゲームである。 マウンドには10回から起用されたサブマリン、牧田がいた。 オランダは最初の打者、プロファーに強行策を取った。 「プロファーは長打を打てる打者なのでバントのサインは考えなかった。次のボガーツが今日はあまり当たっていなかったこともあってプロファーに期待した。彼は右投手にも強い」と元ヤクルトのミューレン監督。 レンジャーズでダルビッシュの同僚として昨季は、90試合に出て打率.239。そのプロファーは初球を強打したが、ファーストフライ。牧田の浮き上がるボールの下を叩いた。 昨秋の強化試合ので両チームは2試合連続でタイブレークを経験していた。だが牧田は、そのタイブレークでは投げていない。 「点数も走者も関係なしに、一人、一人、バッターを抑えることに集中した」 ぶっつけ本番で牧田は、そんな心理でタイブレークに対峙した。 「とにかく投げ急ぎだけに気をつけた。相手は一発があるので、1球のミスが怖い。いつもより遅めにテンポをとろうと」 午後10時を過ぎたため、鳴り物応援は禁止となり、スタジアムはシーンと静まり返っていた。 声援と拍手。逆にいつもの鳴り物に覆われたスタジアムとの違いに戸惑いがあった。 牧田は、声と拍手が鳴り止んでから、投球モーションに入るようにした。それが、逆に投げ急ぎをなくすためのテンポに、ちょうどいい具合に作用したという。 続くオールスター出場スラッガーのボガーツはタイミングが合っていない。ほとんどバットで出てこずにフルカウントから、インハイを攻めて詰まらせた。サードゴロ。 1点リードで迎えたブルペンで肩を作りはじめた時「9回は自分かな」と思ったという。 だが、権藤投手コーチが、ブルペンに来てストッパーとして則本起用を告げた。 「相手は一発があるので、三振が取れなければならない。力対力なら僕でなく則本に決めたんだと思う」 牧田は、則本でのゲームセットをブルペンで祈った。 だが、その則本がつかまった。9回二死一、三塁からオリオールズで昨季自己最多の25本塁打を放ったスクープに154キロのストレートをはじきかえされ、名手菊池が飛び込んだグラブの下をすり抜けていった。 6-6の延長10回から牧田に出番が回ってきたのである。