侍Jのタイブレーク死闘の裏にもうひとつの心理戦勝利
いつ、どこで投げるかを告げてもらうことは、ブルペン投手にとって、準備する上で必須情報である。もっと言うならば、それはある程度、シミュレーションして、試合前から知っていることが望ましい。 しかし、小久保監督から投手起用の全権を預けられている権藤投手コーチは、「煮詰まってくるまでストッパーを決めない」という流動式勝利方程式を採用した。彼らの選ばれた能力を信用しているからこそ、状況や相手によって変える戦術である。 楽天では先発の則本には酷だった。牧田にあって則本になかったもの。それは、前大会も含めた修羅場をくぐってきた経験の数ではなかったか。牧田は、冷静にテンポをコントロールしてみせたのである。 最後は、途中交代したバレンティンの代わりに4番に入っていたサムズ。メジャークラスではないが昨秋までチームの4番を任された打者である。再びフルカウントからインサイドを攻めた。牧田の気迫に押されたサムズはポーンとフライを打ち上げ、小林がファウルグラウンドで逆向きにキャッチした。 しびれる場面を心理戦で勝利したのは、牧田一人だけではなかった。 7回秋吉も、ワンポイント起用に応えた。 一死一塁から、松井裕の股を抜いた打球にとびついて、そのままグラブトス。場内がざわつき、オランダベンチの名手、シモンズまでが拍手している間に、7回二死一塁から秋吉がマウンドに送られた。打席には、同僚のバレンティン。3回には、5-5の同点に追いつくポール直撃弾を放っている。 「打席で、こっち見て笑っていた。やり辛かった」 手のうちは知り尽くしている。 1球、2球、外のボールになるスライダーで攻めたが、完全に見切られた。 「振ってくれなかった。逆にスライダーを意識していたのがわかった」 3球目。ボールひとつスライダーを内側に入れた。レフトラインの左側でバウンドするライナー性のファウル。場内がどよめきに変わり、バレンティンは天を仰いで悔しがった。 「インサイドをつかわないと打ち取れない相手」 4球目。秋吉は、勇気を出してインサイドを攻める。142キロのストレート。差し込まれてのファウル。ひとつ間違えばの怖いボールである。だが、果敢に攻めた。“よくぞ、投げてきたな”そんな風体でバレ砲は不気味に笑う。終わってみれば、この1球が配球の肝だった。 「あのインコースを投げきれたことがよかった」 バッテリーに重要なのは洞察、観察、分析力である。 いわゆる心理戦。 秋吉は、ヤクルトの4番打者の狙いを察知していた。 小林がサインで問う。 「スライダーか?」 一度、クビを振って、サインがチェンジアップに変わると「そうだ」と強くうなづいた。 「一発だけを警戒した。低め、低めを意識した」と、外角へ低く変化して落ちたボールにバレンティンのバットはくるっと回った。2人は目を合わせて、お互いに笑った。 「しびれる場面が多いけれど、そこで抑えることが勝ちにつながる。ワンポイントは大事な仕事」