『球界のドン』渡辺恒雄氏、思わずポロリするサインは?当時はカーチェイスも日常茶飯事、元巨人担当が明かす横顔
1993年の長嶋第2次政権以降、巨人担当記者(G番)にとって渡辺主筆は常に特別な存在だった。歯に衣(きぬ)着せぬ発言から「ナベツネ」のニックネームで紙面を飾り、巨人の総帥としてストーブリーグでは常に主役。当時は取材のため、夕方には東京大手町の読売新聞社に各社のハイヤーや報道陣が乗り込むタクシーが集結。渡辺主筆の車を追跡するため、公然とカーチェイスが繰り広げられるのは日常茶飯事だった。 そんな状況でも自身が政治部の新聞記者だったせいか、夜回りする記者に対して随所に愛情も見せてくれた。「君たちにこれをやる!」と突然、テレホンカードを手渡され、そこには「100を切りました」とゴルフをする自身のイラストの姿が…。また、ある時は「おい、君らはろくな本を読んでないだろ? これを読め。ガッハッハ」と、自らの著書『わが人生記』をサイン入りでG番記者に配るサービスまであった。 その後、恒常化していたカーチェイスは事故の危険もあり規制されたが、都内のホテルの1、2カ所にいた場合のみ取材はOK。渡辺主筆が酒席の後に車に乗り込む間際に直撃するわけだが、この時に私が着目していたのはネクタイの位置だった。その結び目が約20センチくらい下がっていれば、しゃべりまくる可能性は大。2004年のプロ野球再編問題など「球界の独裁者」として君臨し、政財界にも影響力のある超VIPだが、酒の入ったその姿は世の中年男性と何ら違いはなかった。 そんな人間味を見せる一方、常に野球協約を持ち歩いて熟読。その内容は隅から隅まで頭に入っていたと聞く。お気に入りの葉巻を加え、時に暴言を吐き、まさに威圧感満点の姿は「ドン」そのもの。ドラフトの裏金問題でオーナー職を引責辞任したが、球団、球界への影響力は変わらず、野球に対する情熱は疑う余地はなかった。 (1996年~99、03~05年巨人担当・伊藤哲也)
中日スポーツ