和歌山毒物カレー事件を検証し直すドキュメンタリー映画『マミー』。監督がメディアに求めるものとは
固定化されたイメージは真実に直結しているのか
―前半は目撃証言や科学鑑定への客観的な反証が主でしたが、後半に進むにつれだんだんと冤罪を証明したいという監督の主体的な意志が伝わってくる構成になっていましたね。その構成はどのように決めていったのでしょうか? 二村:本作は、世間の皆さんがこの事件に抱く先入観や当時の記憶を支点にしています。それが強固であるほど大きく裏切られていくという、僕自身が取材のなかで感じた驚きや発見を追体験していくような映画にできないかなと考えました。なので序盤には事件に対する世間の印象や、当時の記憶を思い出す映像を入れ、それを一つひとつ丁寧に覆していくことで徐々に冤罪の可能性を感じられるように意識しています。 ただ林家の皆さんや弁護団の方々が26年間ずっと感じてきたことだと思うんですが、これだけ目撃証言や科学鑑定に綻びがあるにも関わらず、何も動かない現状に僕はだんだん苛立ち始めてしまって。そして、この事件を動かすために決定的なものを出さなくてはいけないと次第に追い込まれていくんですよね。それが最後の選択にもつながっているんですが。そんな部分も含め追体験してもらえるような構成になればと思い、作っていきました。 ―当時、林家に居候していて眞須美さんにヒ素を飲まされたと証言した元同居人の家に、長男と健治さんが訪問する場面は壮絶でしたね。あの場面はどのような経緯で撮影するに至ったのでしょうか。 二村:健治さんが「あいつは保険金詐欺を共謀した仲間だけど、裁判ではヒ素を盛られた被害者の立場になっている」と元同居人について語っていて。僕が「許せないですね」と返すと、同意しつつも「ただあいつも大変だったやろうし、憎めんのや」と言うんです。眞須美さんの有罪判決にも影響を与えた元同居人に怒りをぶつけてもいいのに、そうではない同情の気持ちを吐露したりして。 健治さんはきっと、当時、元同居人とともに過ごした楽しい時間は嘘じゃなかったと信じたいんですよね。そこで「元同居人を糾弾するのではなく、会って当時のことを聞いてみませんか?」と僕から提案しました。 僕はあの再会を近くで見ていたんですが、健治さんの思いとは別に、重要な証言が取れるのではないかと考えていたんです。「供述は強制されたものだ」という言葉が得られれば再審につながるかもという気持ちでいたから、撮り終わった時点では凄いものが撮れた感覚はなくて。ただあとから映像を見返したときに、何も証拠は得られなかったけど、彼らの関係性を示すとても大きなものが映っているなと気づきました。それを発見したときは感動しましたね。 ―終盤には二村監督が取材の一線を超えてしまう様子も映し出されていました。あの行動には批判も上がると思うのですが、包み隠さず作中に入れたのはどのような思いからなのでしょうか。 二村:この事件において、メディアの在り方というのは非常に重要視されていると思うんです。僕も取材中はメディアスクラムを発生させ、冤罪の可能性も報じない既存のメディアに対して常に批判的な態度でいました。 でも自分が事件の取材をするうちに、気づけば同じ過ちを犯してしまっていたんです。映画のなかでメディアを批判する以上は自分の行ないも非難を受けるべきだし、過ちを隠して事件を検証したことだけ伝えるのはフェアではないですよね。僕がやったことで映画の信頼性が失われることも覚悟のうえですが、そこを隠すことは正しくないと考えたので、それも込みで観客の皆さんに判断してもらえればと思います。 ―ドキュメンタリーを論じるうえでよく語られるテーマに「ドキュメンタリー監督の倫理観」というものがありますが、この作品を撮り終えた現在、二村監督はそれについてどのように考えますか? 二村:法令遵守であることは最低限守るべきことですね。僕の場合は今回その法令遵守を踏み外してしまった訳ですが……。自身の行為に失望し、後悔し、いくら反省しても反省し終えることはありません。ただ過ちを犯したうえで、それをごまかしたり嘘をついたりしないことがドキュメンタリー作家としての倫理観だと思います。 ―祭り会場の紙コップに付着していたヒ素と、林家にあったヒ素が同一という鑑定は誤りだとして、3回目の再審請求を和歌山地裁が受理したと今年の2月に報道されました。今後死刑判決を覆すのに求められることは何だと思いますか? 二村:ひとつは世論ですよね。再審事件はどれほど冤罪性が顕著でも、マスコミや世論に注目されなければ裁判所が本気にならない、といわれています。袴田事件など、再審が決定したほかの事件でも世論の盛り上がりがあと押しになったケースがあるので、この映画がそこに寄与することができれば良いなと思っています。 ―この映画を通じて観客に何を受け取ってほしいですか? 二村:それぞれ、自分のなかに事件に対して持っているイメージがあると思います。でも事実を一つひとつ積み重ねた先に見えてくるものが、いかに固定化されたイメージと異なるかを感じてもらえたら嬉しいです。
インタビュー・テキスト by ISO / 編集 by 服部桃子