和歌山毒物カレー事件を検証し直すドキュメンタリー映画『マミー』。監督がメディアに求めるものとは
獄中からの訴訟に意図を感じるように
―劇中ではこの事件についてさまざまなリサーチや取材が行なわれていますが、最初はどのようなことから着手していきましたか? 二村:最初は判決文を読むところから始めました。ただ僕は大手メディアや記者クラブには所属していないフリーランスなので、裁判所から判決文を簡単には手に入れられなくて。代わりに裁判の判決文が載った雑誌を読んで、そこに載っている方々に取材を行なっていきました。 眞須美さんは、ご自身が「間違っている」と判断した情報を流布した出版社や人に対し、次々と民事訴訟を起こしているんです。その裁判の証拠として当時の判決文や鑑定書、供述調書などを提出していて、なかには刑事事件であるがゆえにそれまで見られなかった資料もあるんですが、民事裁判の証拠として提出されたことで裁判期間内は閲覧が可能になります。彼女はいろんな方面に訴訟を起こしているので、そこから訴訟相手に関する情報がどんどん出てきたんですよ。 裁判の多くは負けてはいるんですが、徐々に「眞須美さんは意図的に訴訟しているんだな」と感じるようになっていきました。おそらく彼女は自分の主張が正しいと世の中に知ってもらうために、これまで世に出てこなかった資料を白日のもとに晒そうとしているのではないかと思いました。 僕は眞須美さんと会ったこともないし、長男を介して言葉を交わすこともしていませんが、唯一彼女とコミュニケーションを取っているように感じたのが裁判資料だったので、それは大事にしていきたいなと思いながら進めていきました。 ―被写体の方々にはどのような説明および出演への交渉を行ないましたか? 二村:今回の取材対象となった皆さんには、まず最初に手紙をお送りしました。そこに必ず記載したのは「私は冤罪かどうか判断できない立場ですが、裁判の結果に疑問の声が上がっていることから事件をイチから検証したい」ということ。決して冤罪だから潔白を証明したいということではなく、フラットに検証するというスタンスをお伝えして、取材を進めていきました。 ―撮影を行なううえで、長男との距離感はどのように意識されたのでしょうか。 二村:取材を始めるときに僕がまず長男に伝えたのは、「あなたは死刑囚の息子として波乱万丈の人生を送ってきたと思いますが、今回そのことには触れません。事件の目撃者の一人としてお話を聞かせてください」ということです。もちろん彼の境遇に対して思うところはあるのですが、取材のなかではそこは問いませんでした。この事件をフラットに最初から検証したいという立場だったので、長男も、健治さんも、ほかの方々も皆同じ証言者というスタンスで取材をしていきました。 これまでも長男はテレビ局や新聞の取材を受けることはあったんですね。そこで彼は必ず冤罪の可能性や自分の目撃証言を話すんですが、その部分は使われないんですよ。あくまで焦点を当てられるのは、死刑囚の息子として過酷な人生を歩んできた男の物語なんです。それを取り上げることにも意味はあると思うんですが、伝えたいことが使われない不満を長男は抱いていたんですよね。そういった経緯もあり、僕は彼が歩んできた人生という面にはフォーカスしませんでした。 ―長男と健治さんの印象はいかがでしたか? 二村:健治さんは作品に映っているままですね。取材中もサービス精神満点でいろいろ話そうとしてくれたり、逆に東京から取材に来たのにこんな話でよかったのかなと反省していたり……。とても気を遣い、人を楽しませるのが好きな人です。だから劇中で健治さんが話す内容は既に世に出ているものが多いんですよ。 でもそれがメディアで使われるときは、情報の取り上げ方が恣意的だったり一面的だったりするんですよね。健治さんは、自分自身でヒ素を飲んだこと、つまり裁判で認定されている眞須美さんにヒ素を盛られた被害者だということを否定しているにも関わらず、そこは検証されない。こんな詐欺をしたという面白おかしい暴露話として取り上げられるばかりで、そこは彼も納得していないようです。 長男は実際にお会いするとお話好きで、映画の考察について語ったりすることが好きな、すごく誠実な青年ですね。 ―長男がお話好きというのは意外ですね。 二村:長男も本当はもっと明け透けに語りたいこともあると思うのですが、彼はこれまで、自身が母親の冤罪の可能性を表明することで起きるハレーションを見てきているので、自身の立場や発言に対し非常に自覚的なんですよ。だから自身の意見を明確に表明しつつも、伝わり方を気にして普段はかなりマイルドに発言している印象があります。