憲法改正議論「財政」の論点 「財政健全化条項」や「予算の空白」への対処
衆院選では各党が憲法改正の是非をめぐるスタンスを公約などに掲げて訴えてきました。憲法改正の議論自体は、自民党のほか、希望の党や日本維新の会、日本のこころなども前向きで、選挙後に憲法改正論議が本格化していくとみられます。 今回の選挙戦での党首討論などでは、自民党総裁である安倍首相が提案した「憲法9条への自衛隊明記」をめぐる議論が多かった印象ですが、憲法改正には9条以外にもさまざまな論点が考えられます。ここではそうした9条以外の論点を紹介することで、憲法改正論議を俯瞰的にみていきたいと思います。 今回は「財政」をテーマに、大阪大学大学院高等司法研究科の片桐直人准教授に寄稿してもらいました。
国民にとって必要なお金の使い道を民主的に決める
日本国憲法は第7章で「財政」に関する事柄を定めています。憲法改正をめぐっては、この「財政」に関する規定についても、しばしば議論がなされます。そこで、ここでは、日本国憲法の財政規定について、基本的なことを確認した上で、代表的な改憲論を紹介してみようと思います。 イギリスにおいて、国王に対する議会の課税同意権の獲得が議会の発達を促したといわれるように、財政や税を巡る問題は、民主主義や立憲主義の根幹にかかわるものです。 当たり前のことですが、現代社会において、政府がなんらかの活動をするには、お金が必要です。ですから、国民が政府にお金を渡すかどうかや、政府に渡したお金をどのように使わせるかを国民の代表者で構成される議会で決めるとともに、渡したお金がきちんと使われているかをチェックすることは、権力の抑制のためにはとても大事なことです。要するに、国の財政は、民主的コントロールの下に置かれなければならないということですが、このような考え方は、しばしば「財政民主主義」と呼ばれます。 ただし、財政民主主義を「お金を使って権力を行使する政府」対「お金を使わせないようにして、政府の権力行使を抑止する国民やその代表である議会」という側面のみで理解するのは問題です。そもそも政府がお金を使うのは、それが国民にとって必要だからです。ところが、残念なことに、政府が使えるお金は無限ではありませんから、国民一人ひとりの希望すべてをかなえるわけにはいきません。どうしても優先順位をつけたり、何かを我慢してもらったりする必要があります。場合によっては、新たに国民に負担を求める必要もあるでしょう。 何を優先し何を我慢するか、新たな国民負担を受け入れるかどうかといった点については、国民の間でも鋭く意見が対立します。財政民主主義は、財政をめぐる国民それぞれの意見の対立を、民主制の仕組みを通じて解決するという考え方でもあることを踏まえる必要があります。 日本国憲法は、「国の財政を処理する権限は、国会の議決に基いて、これを行使しなければならない」と定め(83条)、財政の処理における国会の役割を強調しているほか、税の賦課徴収は国会の定める法律によらなければならないこと(租税法律主義・84条)、国費を支出し、又は国が債務を負担するには、国会の議決に基づくことが必要であること(85条)、予算の国会議決(86条・60条)、決算の国会報告(90条)など、財政制度の骨格を作るとともに、財政民主主義の実現を図っています。 もっとも、わが国の財政制度は、憲法だけで出来上がっているわけではありません。たとえば、わが国の会計には「一般会計」と「特別会計」がありますが、これは財政法や特別会計に関する法律といった法律で定められています。また、国債発行に関しても財政法やいわゆる赤字国債特例法といった法律によって規定されています。さらに、予算の制定において重要な意味を持つ、政府内部での予算案編成過程については、財政法などの法令だけでなく、様々な慣行によって形づくられています。