憲法改正議論「財政」の論点 「財政健全化条項」や「予算の空白」への対処
新年度までに予算が成立しなかった場合の対処
それでは次に、憲法の財政規定の改正をめぐる議論についてみてみましょう。現在の改憲論議の中ではあまり目立ちませんが、憲法の財政規定についても、これまで実に様々な提案がなされてきました。ここでは、そのうち代表的なものについて触れようと思います。 第一に、憲法の不備を補う改正が必要だという主張があります。その代表的なものが「予算の空白」といわれる問題への対処です。憲法は、国の予算を国会が議決することを求めていますが、国会の審議状況によっては、新しい会計年度(日本では4月1日)が始まるまでに、予算が成立しないことがあります。財政法30条は、このような場合に、本予算が成立するまでの間に最低限必要な支出ができるよう、暫定予算を組むこととしています。もっとも、この暫定予算にも国会の議決が必要だとされていて、最終的には、暫定予算も成立しない場合もありえます。これを予算の空白といいます。実際、予算の空白は、過去に何度か生じています。 大日本帝国憲法(明治憲法)では、このような場合には、前年度の予算を施行することが規定されていました(71条)。そこで、日本国憲法にも予算の空白が生じないようにする規定を盛り込むべきだという主張があります。そのやり方には、明治憲法同様、前年度の予算を施行する方法のほか、一定の期間を経過してなお、国会が予算を議決しない場合には、政府提出の予算案をそのまま予算とする方法などがありますが、いずれにせよ、検討に値する問題でしょう。なお、2012年の自民党改憲草案では、上にみた暫定予算の制度を憲法で定めようと提案されていますが(86条3項)、予算の空白への実効的な対処になるかは疑問が残るように思います。
十分に機能してこなかった財政健全化への法律規定
第二に、財政の健全性を確保するための改正も主張されます。現在の改憲論議の中で、財政関連規定の改正というと、多くの人が思い浮かべるのがこの主張だろうと思います。自民党憲法改正草案が「財政の健全性は、法律の定めるところにより、確保されなければならない」という規定の新設を提案していることをはじめとして、これまで多くの政党や団体が財政健全化条項を設けるべきだと主張してきました。 わが国の財政赤字をどのように評価するか、どのように立て直すかについては、様々な見解があります。中には財政健全化は必要ないという人もいるようですが、おそらく多くの国民はそのように考えてはいないでしょう。現時点で財政健全化に向けて積極的に舵を切るかどうかはともかく、少なくとも中長期的な課題であることは共有されているのではないでしょうか。 もっとも、確かに日本国憲法は、財政赤字や国債発行の規模などに関して特に定めていませんが、わが国にもこれまで財政赤字に関する法的規律がなかったわけではありません。 まず、財政法は、国の歳出の財源として、「公債又は借入金以外の歳入」とするという原則に立ったうえで、「公共事業費、出資金及び貸付金の財源」に限って、公債の発行などを認めることとしています。もっとも、よく知られているように、この財政法4条の原則は、赤字国債の発行を可能にする「特例公債法」で修正されており、現在では、財政法4条が定める以外のいわゆる赤字国債も発行されていますし、一般会計税収が、公債発行額を下回る時期もありました。 また、内閣の方針としての財政健全化の目標もあります。今回の総選挙にあたって消費税の使い道の変更とともに注目された「2020年度のプライマリーバランス黒字化目標」もその一つといえるでしょう。ただ、このような財政再建目標も、これまで何度も撤回ないし先送りされてきました。 わが国の健全財政に関する規律は、憲法ではなく、法律以下のレベルで定められてきたけれども、必ずしも上手く機能していない、というところに特徴があるといえます。そうだとすると、法律よりも強い、憲法のレベルで規定すべきだということになりそうですが、機動的な財政運営を困難にするとか、増税の根拠に使われるといった反対論も根強くあります。