会社がディスラプティブな脅威に直面した時、どう対処すべきか
■本格的なディスラプションへの効果的な対応策 非ディスラプティブな創造は、本格的なディスラプションに効果的に対応する道を開くこともできる。ただし、この機会を見出すには柔軟な発想が求められる。「ディスラプションにはディスラプションでしか対抗できない」などという考えに囚われてはならない。 考えてみてほしい。今日では多くの人々が世界をある種のグローバル・ビレッジと見なしている。新型コロナウイルス感染症の流行による一時的な停滞を別にすると、海外旅行はここ数年で急増している。筆者らの勤務するビジネススクールINSEADは、フランス、シンガポール、アブダビの3キャンパスを擁し、そのいずれかで学ぶために50カ国超から学生が集まってくる。そして、入学初年度にはこれらのキャンパスを行き来することができる。 海外旅行は大西洋横断の黄金時代の到来とともに盛んになり、そのきっかけは19世紀半ばに就航したオーシャン・ライナーだった。旅客船は100年にわたって繁栄した。当初、大西洋の横断には2週間以上を要していた。しかし1860年代には、鉄製の船体、複合蒸気エンジン、スクリュー推進の導入を受けて、所要期間が8~9日程度に短縮されていた。木製フレームによるアーマチュアという技術的制約から解放された定期船は大型化し、乗客定員も従来の200人から1500人へと激増した。大西洋を(そして世界を)横断する定期船の便数は増加し、大西洋横断の所要日数はやがて5日にまで短縮された。旅客船業界の需要はうなぎのぼりだった。 この業界に君臨したのは英国のキュナード社である。キュナードは19世紀初頭、何百万人もの移民が欧州から米国へ渡るのを助け、2度の世界大戦や他の紛争時には、戦場へ向かう軍隊、故郷へ帰還する負傷兵、安全な場所を目指す難民の輸送に重要な役割を果たした。ウィンストン・チャーチルは、キュナード・ラインの尽力によって第2次世界大戦の終結が1年近く早まったと語った。キュナードのオーシャン・ライナーはまた、外交官、CEO、王族の大陸間移動にも貢献した。第2次世界大戦が終結する頃には大西洋航路で最大の旅客船会社となっていた。戦争直後の10年間で繁栄する北大西洋の旅行市場を掌握し、米国とカナダに12隻の客船を運航していた。 しかし、その黄金時代も終わりを迎えた。民間航空便によって業界全体がディスラプトされたのである。1958年、パンアメリカン航空(通称パンナム)がボーイング707型機を引っさげて、ニューヨーク~パリ間の大西洋横断便を就航させた。ジェット機として初めて商業的な成功を収めた707型機は、ほどなく1960年代の旅客航空輸送を席巻し、ジェット機時代の幕を開いた。1957年、大西洋を海路で横断した旅客数は100万人だったが、1965年には65万人にまで減少していた。同年における海路と空路の比率は14対86である。つまり、14人が海路で大西洋を横断したとすると、86人が飛行機での移動を選んでいたのだ。 これにはもっともな理由があった。定期船はジェット機時代のスピードと利便性についていけなかった。船が大西洋を横断するのに5日を要していたのに対して、飛行機なら半日だった。フライトは定期便であったため、しばしば船旅と天秤にかけられた。しかも、当時世界の航空業界に君臨していたパンナムは、魅力と洗練の象徴だった。そのスチュワーデスは文化的アイコンであり、王族、世界のリーダー層、ハリウッドスターがこぞって利用した。 不吉な前兆があった。キュナードは、自社のオーシャン・ライナーが大西洋を横断する空の旅のスピードと利便性に匹敵ないし勝る術はないと考えた。 ■どうすべきだろう? キュナードの第一感は、ディスラプティブな動きへの対抗だった。複数社が併存できると判断したのだ。そこで、航空業界に参入し、オーシャン・ライナー業界全体が潰される前に、自社によるディスラプションによって先手を打とうとした。1960年3月、キュナードは新興の航空会社イーグル・エアウェイズの株式を60%取得し、キュナード・イーグルへと衣替えした。キュナード・イーグルは、設立間もない航空輸送認可委員会(ATLB)から認可を受け、英国初の独立系航空会社となった。 他の航空会社は報復へと動いた。英国における最大の競合で国有のブリティッシュ・オーバーシーズ・エアウェイズ・コーポレーション(BOAC)は、すかさず航空大臣に陳情してキュナード・イーグルの認可取り消しを勝ち取った。BOACは、利用者の多い北大西洋航路を他社と分かち合おうとしなかったのである。キュナードのディスラプティブな動きが阻止されたのを受けて、ATLBはキュナードにおこぼれを与えた。英国~バミューダ~ナッソー~マイアミという、乗客数が格段に少ない航路への進出を認可したのである。ほどなく、キュナードは航空業界から撤退した。 ディスラプティブな動きが頓挫した後にキュナードは方向転換を図り、「洋上での贅を尽くしたバケーション」を革新することで、市場の創造に向けた非ディスラプティブな行動を起こし、現在まで続くクルーズ観光産業を切り開いた。それまでのオーシャン・ライナーは主として、航空機や自動車と同様に、ある地点から別の地点への移動手段として捉えられていた。今日ではオーシャン・ライナーは目的地に行くための手段ではない。 むしろ、目的は航海そのもの。バケーションなのだ。人々は2地点間の移動よりむしろ、楽しみや豪華エンターテインメントを目的としてクルーズを利用するようになった。キュナードの「ワンクラス」クルーズは、どのような客室や寝台を予約したかに関係なく、すべての乗客が同じアクティビティ、ライブ・パフォーマンス、食事、サービス、その他のアメニティを楽しめるようにした。 キュナードは非ディスラプティブな創造が功を奏して、他のオーシャン・ライナーを壊滅させた航空会社のディスラプティブな力から逃れることができた。今日ではカーニバル・コーポレーションの傘下にあり、約60年前にみずから開拓したクルーズ観光産業は、約1500億ドルの売上と100万人超の雇用を生み出している。これは、ビジネス、経済、一般の人々すべてにとって好ましい結果である。 別の事例としてフランス郵政公社(ラ・ポスト)を取り上げよう。eメールやテキストメッセージによるデジタル・ディスラプションは、ラ・ポストにとって痛打となった。過去10年間で配達する郵便の数は50%近くも減り、減少には今なお歯止めがかかっていない。にもかかわらず、eメールやテキストメッセージが無償で即時配信されるため、ラ・ポストはこの脅威に対抗するためのディスラプティブな方策を見出せなかった。ラ・ポストが見出したのは、国内の津々浦々にまで及ぶ広範なプレゼンスと、国民と郵便局員との自然な結び付きを活用した、「Veiller Sur Mes Parents」(VSMP:両親の見守り)という非ディスラプティブな市場を創造する方法だった。 フランスでは高齢者の孤独が社会問題化している。成人した子供たちが、高齢の両親の家から遠く離れた都市や町で暮らして働く傾向は、強まってきている。物理的な距離の大きさに加えて、若者たちは自分の生活が忙しいため往々にして両親宅から足が遠のいてしまい、高齢者の孤独、ひいては精神面のウェルビーイングや健康が、社会の懸念事項となりつつある。 ラ・ポストはVSMPサービスを開始して、この深刻化しつつある未解決の社会問題への対処に乗り出した。委託調査によると、フランス国民は毎日の暮らしで顔を合わせる人々の中で、パン屋の次に郵便配達員が好きだと答えている。VSMPは、このような信頼と自然な親しみやすさの上に成り立っている。郵便配達員の協力を得て、気楽に他者とつながっておしゃべりに興じる機会を高齢者にもたらすと同時に、何か異変がないかを確かめるのだ。 月40ユーロ足らずで毎週、郵便配達員に高齢家族の自宅を訪問してもらえる。配達員は訪問後にアプリを使って依頼者に、親が元気かどうか、食料品の補充や家の修理、外出などの支援が必要かどうかを報告する。高齢者自身による申し込みも受け付けている。VSMPサービスを開始して以降、ラ・ポストは非ディスラプティブな取り組みを拡大してきた。郵便局員は小売店の日用品、通常の処方箋、図書館の本、温かい食事なども高齢の顧客に届けているのだ。ただし、費用を負担するのは地方自治体である。 他者とのつながりを必要とするひとり暮らしの高齢者が増えゆく状況下、VSMPはこれらの人々のために非ディスラプティブな新規市場を提供するとともに、ラ・ポストに新たな収入源をもたらした。これは、ディスラプティブな創造にこだわらない発想からどのような事業機会が生まれ得るかを浮き彫りにする、先駆的な実例である。 教訓:次にディスラプティブな脅威に直面した際には、相手と同じ戦法を取ってディスラプティブな手法で反撃することだけを戦略オプションと見なしてはならない。言うまでもなく、これもディスラプティブな挑戦に対抗するひとつの手法であり、うまく機能するかもしれない。しかし、唯一の方法ではないことを忘れてはならない。むしろキュナードやラ・ポストのように、発想を広げて非ディスラプティブな創造も視野に入れて熟考するのだ。 とりわけ目の前の脅威が、オーシャン・ライナーに対するジェット機や郵便に対するeメールやテキストメッセージのように深刻なものである場合は、非ディスラプティブな創造のほうが、より実行可能で創造的な対応策かもしれない。そしてキュナードやラ・ポストの事例のように、非ディスラプティブな創造の機会は得てして、組織にすでに備わっている資産やケイパビリティを土台として活かすことから生まれる。 * * * 本連載は今回で最終回である。私たちは「経済善」と「社会善」の両立をどのように実現できるのか、「ブルー・オーシャン戦略」の著者、チャン・キムとレネ・モボルニュによる新刊『破壊なき市場創造の時代──これからのイノベーションを実現する』でぜひ確認していただきたい。
W. チャン・キム,レネ・モボルニュ