外食は年間600回以上! マッキー牧元の発掘!地方の名店~山形編~
「さぶぅ」と言いながらコートの襟を立て店に入ると「いらっしゃいませ」と、カウンターに一人立つおかみさんに声をかけられた。 「熱燗1本ください」。早急に体を芯から温めなくてはいけない。 するとおかみさんが聞いてきた。
「お客さん、納豆嫌いじゃないです?」 「好きです」 「よがったあ。昨日から寒ぐて寒ぐて、あー今夜は納豆汁だあって思って作ったんで食べてください」
豆腐と芋の茎、潰した納豆による味噌汁が振る舞われた。 「納豆潰すんは、昔は子どもだちの仕事だったけど、今は子どもも忙しいだろ。ばっちゃんの仕事ですよ」 「ずずっ」。とろりと熱い汁が、体の隅々へと広がっていく。 「はあ~」。幸せのため息一つ。
椀から顔を上げると、おかみさんのうれしそうな顔が見えた。母の愛と民の知恵、地の恵みと人の心に満ちた汁だった。 この納豆汁から、この居酒屋にハマッてしまった。 帰り際に「今度、メガニ汁食べにきてね」と言われたので次の年の冬に裏を返した。
大きな椀に、メガニが1杯鎮座している。 メガニとはズワイガニのメスのことで、庄内ではこう呼ぶ。 単純に、メガニを味噌汁の具にしたものだけど、そんなものにこそ極みのうまさが宿っている。カニの滋養が溶け込んだ熱々の味噌汁を飲みながら燗酒をやる。 体にゆっくりと幸せが満ちていった。
春に訪れた時は、品書に「塩引鮭」を見つけて頼んでみた。 するとおかみさんが言う。 「いいんですか? 血圧上がりますよ。ふふふ」 「はい。承知です」と、胸を張って頼む。 やがて運んでくると「はい塩引鮭。しょ~っぱいですよ」と言って、置いていった。
僕は久しぶりのしょ~っぱい鮭に敬意を評し、一番しょ~っぱい腹から食べ始めることにした。 一口。 ああ、しょ~っぱい。燗酒ではなく、いきなりご飯が恋しくなる。おそらくこの小さな切れ端だけで、ご飯1膳はいける。