【ラグビー】変わらぬ強み。小野晃征(東京サンゴリアス/アシスタントコーチ)
4月に37歳になる。 チーム練習を終えてクラブハウスに戻る選手たちに声をかけ、個人練習に取り組むグループにつき合う。 一人ひとりの持っているものを引き出してあげたい。 東京サントリーサンゴリアスの指導陣に今季から加わった小野晃征アシスタントコーチが、チームの中にいい風を吹かせている。 コーチングスタッフ、選手たちの両方に外国出身者が何人もいる。 その中で小野コーチは、潤滑油的な存在となっている。 例えば日本人コーチ同士で話し、すんなりことが進みそうになったとき、外国人コーチが「こういう考え方もあると思う」と発言する。 「そんなとき、(せっかく決まったのに)エッとなりがちじゃないですか」(田中澄憲監督) 小野コーチの出番である。 外国人コーチの視点、考えを、代弁してくれるのだ。 「日本人とは受けてきた教育も違うし、ものの見方も違う。(ニュージーランド育ちの)晃征は、それが分かる。結果、僕らにとっても学びになるんです」 外国人選手たちの思いについてもそうだ。 言葉のコミュニケーションの架け橋になってくれる通訳とは違うコーチの感覚で、選手たちのそのときの考えや胸中を理解し、他のコーチ陣と共有する。 組織がうまく回り出す。いろんなところに、いい影響が出ている。 小野コーチ自身、選手時代から自身の存在価値は、そこにあると自覚している。 ジャパンのSO時代、指揮官と日本人選手、外国出身選手の関係を密にする存在となり、ピッチの内外でチームをひとつにした。 それはいま、コーチとしても同じ。 「その場その場で、日本人、外国人選手関係なく、『いまサンゴリアスがやりたいラグビーはこれ』とストレートに伝え、ライブコーチングできるのは自分のひとつの強みと思っています」 小野コーチは名古屋生まれ。1歳半で両親とNZへ移住した。 クライストチャーチボーイズ高では、のちにオールブラックスとなる仲間たちとBKラインに立ち、U19カンタベリー代表にも選ばれた。 2007年、当時日本代表ヘッドコーチを務めていたジョン・カーワンの目にとまり代表スコッドの合宿に参加。19歳の春に『来日』し、人生が大きく変わった。 サニックスでのトップリーグ(当時)出場前にサクラのジャージーを着る。20歳と6日目の2007年4月22日、韓国戦で日本代表初キャップ。同年秋のワールドカップ(以下、W杯)にも出場した。 2012年にサントリーへ。2015年のW杯で南アフリカを撃破した。 サンゴリアスを頂点に導いた2016年は全17戦に出場。2019年度まで在籍し、翌シーズンを宗像サニックスブルースで過ごす。