「傷痕の奥に見えるもの」千早茜×石内都『グリフィスの傷』
摘出した部位や体の内部を見たいという欲望
千早 昨年はインプラント、がんの手術の上に、頭の手術もされましたし、たいへんでしたね。 石内 頭は硬膜下血腫でね。がんの手術をする一ヶ月前に頭を打ってしまって。 千早 石内さんとはずっと文通をしているんですが、あるときいただいたお手紙の字がいつもと違って何かおかしかった。 石内 退院して、元気よって電話でも話していたのに、右足が滑って歩けないし、右手が変な字しか書けなかった。 千早 手紙の最後に「なぜか文字がきたなくてびっくり」って書いてあって、その字もやはり変でぞくっときて。良からぬものを感じました。手術後に元に戻りましたね。 石内 頭を打ってすぐに病院に行きました。そのときは医者に一ヶ月か二ヶ月後に症状が出てきますっていわれましたが、がんの手術後にそれが出てきて、結局二ヶ月連続で入院と手術よ。それまであまり病気をしたことがなかったんだけど、初めて大病を患った。 千早 心配しましたが、今年の年明けにうちに来てくださったときは、すごく元気そうで、病人感が全然なかった(笑)。 石内 びっくりしたのは硬膜下血腫の手術は部分麻酔だったことです。ドリルで頭蓋骨に穴を開けている音が聞こえるのよ。 千早 意識のある中で手術をしたと伺って、驚いて。 石内 痛みは全然ないんだけど、穴を開けているなというのは音でわかる。あとそこから何か管のようなものを入れたのか、血液を抜いている音まで聞こえるんですよ。ぐじゅぐじゅ、がーがーって。それで三十分で終わった。 千早 速い! 石内 音まで聞こえるとは最初に聞いていなかったから、終わってから頭に来て(笑)。でもその手術については意識があったからこそちゃんと覚えていられて、それは良かった。 がんの手術のときは全身麻酔で約三時間半、意識が失われていた。自分がどこかに行ってしまってどこにもいなかったんです。人生の中で三時間半が空白になってしまった。それが悔しくて、悔しくて、そのときも頭に来た(笑)。 摘出した自分の子宮を見たかったのに、麻酔がさめずに見られなかったのも悔しいでしょ。だから、立ち会ってくれた友達に写真を撮ってもらったんです。すると後日、同じくがんの手術をした別の友達と話していたら、医者の許可を得て自分の手術過程を全部ビデオに収めてあるというわけ。私も許可を取って撮影すればよかったと後悔した。せっかくお腹を切るんだから、自分の中身も、そして子宮も見たかったと執刀医に言ったら、「それは少数派ですね」って。 千早 私も見たいほうですが、我々は少数派です(笑)。以前、医療事務の仕事をしていたとき、オペ室で摘出した細胞とかをケースに入れて、病理室に持っていっていて楽しかったです。おそらく多くの人は内臓や体の内部を見たくないでしょうけれど、私の周囲の人は手術したら摘出した部位を写真に撮る人が結構いて、特に小説家は「私の筋腫、見る?」とか言って送ってくれます(笑)。内臓の傷や痛みは外から見えないし、自分でも内臓の感覚というのはよくわからないので、もし自分の臓器を摘出するような機会があったら絶対に見たいと思う。 石内 私の子宮の写真も今度見せてあげる。赤いハート型ですごくきれいなの。それで残った傷痕も割と大きくて、二十センチくらいかな。そのうち自分で撮るつもりだけど、どうやって撮るか、これから考えなくちゃ(笑)。