知床で人工林の成長が低下、セミの幼虫を食べるヒグマの掘り返しで 動物による環境影響が明らかに
北海道の知床半島でヒグマがカラマツの人工林の地面を掘り返してセミの幼虫を食べており、掘り返しのために樹木の成長が低下していることが、高知大学などの調査で明らかになった。人の手が入った生態系で動物が新しい行動をし、これまでなかった影響を環境にもたらす事例として注目される。
開拓で天然林を伐採した地域で調査
高知大学農林海洋科学部の富田幹次助教(動物生態学)は北海道大学生だった2019年~20年、ヒグマの行動が樹木へ与える影響を、知床半島でも観光客が多く訪れる幌別‐岩尾別地域で調査した。
幌別‐岩尾別地域はもともと天然林が広がっていたが、明治時代以降に開拓が進み、森林が伐採された。1970年ごろから森林を取り戻そうという運動があり、地域住民らが植樹した。ただ、植えたのは在来ではないカラマツなど。現在は人工林や耕作放棄地、広葉樹のミズナラやイタヤカエデ、針葉樹のトドマツなどの天然林が混在した地域となっている。
ヒグマの掘り返しはカラマツの人工林で多く、セミ幼虫がほとんどいない天然林ではほぼ見られなかった。ヒグマが食べるセミは、7月下旬から8月上旬に地面から出てくるコエゾゼミの羽化直前の終齢幼虫(体長2、3センチ程度)で、5月ごろから羽化が終わるまで掘り返し行動が見られた。この時期に、カラマツ林でエサをとるヒグマのフンを分析すると15%程度セミの幼虫を食べていた。
葉の窒素濃度が低く、年輪幅も小さく
富田助教は、掘り返しの見られるカラマツ人工林と見られない人工林で、土壌やカラマツの葉、年輪を調査。掘り返しがあると葉の窒素濃度が低く、成長を表す年輪の幅(直径成長率)も小さかった。 葉の窒素は、植物がエネルギーを生み出す光合成に関わっているとされる。掘り返しによって養分を摂取するための細い根の多くに傷がつき、窒素を葉に届けることができなくなって光合成の効率が下がり、成長できなくなるという仕組みが考えられるという。
「以前は知床のヒグマは夏には天然林の林床に生える草本を食べていたが、増加したシカの採食圧で草本植物の量が減った2000年ごろから人工林でセミ幼虫を掘って食べるようになった」と富田助教。ヒグマは川でサケ、山で木の実を食べ、生態系では川と山との物質循環を担う役割があるとされていたが、セミの幼虫掘りという新しい行動は、生態系の中で樹木の成長に負の影響を与えてしまう役割をもつことが分かった。