大ブーイングの古巣凱旋試合にも中村俊輔は“あの話”を封印
背中越しにはっきりと怒気が伝わってきた。センターサークル内でボールをキープする憧れの大先輩、司令塔・中村俊輔を背後からファウルで倒したMF齋藤学が、その横を通り過ぎようとした瞬間だった。 「オイッ!」 不意打ちを食らい、ピッチに転がされたジュビロ磐田の「10番」が思わず声を荒げる。そして、ファウルを犯した相手が自らの象徴でもあった横浜F・マリノスの「10番」と、キャプテンの座を引き継いだ齋藤だとわかると苦笑いを浮かべ、すぐに立ちあがってプレーを再開させた。 マリノスのホーム、日産スタジアムにジュビロが乗り込んだ8日のJ1第6節。ジュビロを率いる名波浩監督が「俊輔ダービー」と命名した一戦の前半30分に訪れたシーンに、さまざまな思いが交錯していた。 延べ13年にわたってマリノスに在籍し、トリコロールのユニフォームが誰よりも似合うレジェンドでもあった俊輔は、今シーズンから移った新天地ジュビロでもすでに群を抜く存在感を放っていた。 「マリノスとジュビロの勝負だと言ってきたけど、俊さんを気にしないわけがない。僕はずっと俊さんの背中を見て育ってきたので不思議な感覚ではあったけど、試合になれば関係ない。あの場面はいいボールのもち方をされたので、足でボールを突っつけるかなと思ったら、アキレス腱のあたりに入っちゃった。ただ、激しくいけたことはよかったし、俊さんが僕たちに何らかの変化を感じてくれたらすごく嬉しい」 恐縮しながら振り返る齋藤は、俊輔の死角から回り込んでボールを奪おうとした。相手の上手さの前にはからずも倒してしまい、怒声を耳にしてすかさず「すみません」と謝っている。そして当事者の俊輔も、いわゆる「削る」と表現される、悪意が込められたファウルではないとさらりと受け流した。 「そういう目で見るからだよ。海外に行きゃあ中盤の選手なんて全部ファウルで止められるし、イタリアでは知らないうちにつま先を踏んづけられていたからね。日本はまだ綺麗だから」 ここで俊輔が言う「そういう目」とは、因縁対決を指す。経営参加しているイギリスのシティ・フットボール・グループ(CFG)の影響力が強まるなか、ピッチの内外で進められる世代交代やチーム改革に不信感を募らせ、年が明けてすぐに「サッカーだけに集中したい」と別離を決意した。 マリノスを深く愛するがゆえに、悩み苦しんだ末にサックスブルーのユニフォームに袖を通した。もっとも、ゴール裏を埋めたマリノスの一部サポーターからは、ボールをもったときや目の前でCKを蹴るときに何度もブーイングの標的にされた。 「いやぁ、いいことじゃないですか。アウェイチームのキーマンに毎試合やるのはいいと思う」 何度も苦楽をともにして、熱い声援を一身に浴びた同志たちが発するブーイングに理解を示しながらも、プロ21年目の38歳はこんな言葉をつけ加えることも忘れなかった。 「(マリノスの)なかで起きていたことを知っている人がいれば、また変わったかもしれないけど。言いたいことだって黙ってジュビロに来たし、ここで言ったら意味がなくなる(ので言わない)けど」