大ブーイングの古巣凱旋試合にも中村俊輔は“あの話”を封印
まだ消化しきれていない、わだかまりに近い感情が心の片隅に残っているのだろう。もっとも、いざピッチに立ち、キックオフの笛が鳴り響けば目の前の勝負にすべてを集中させる。勝利を手にするためなら、泥臭い仕事も厭わない。覚悟のほどは、チーム2位の11.972キロを記録した総走行距離が物語っていた。 前半26分に齋藤のアシストからMFマルティノスに先制されたが、8分後に自らが蹴った左CKのこぼれ球をキャプテンのDF大井健太郎が豪快に蹴り込んで同点とした。その後に訪れた均衡状態を打ち破ったのは、マリノスの伏兵・金井貢史。後半28分の決勝弾をアシストしたのは、またもや齋藤だった。 「よくねえよ。勝てたチャンスがあったから、本当にもったいない」 キックオフ前の時点で勝ち点と得失点差で並び、総得点の差でわずかに後塵を拝していた古巣に屈した悔しさを、取材エリアに姿を現した直後の第一声に凝縮させた。それでも、真っ向勝負の末にもたらされた結果は真正面から受け止める。 アシストの場面だけでなく、十八番の高速ドリブルからの変幻自在な仕掛けに何度も冷や汗をかかされた齋藤の成長も認めた。CFGが描く設計図のもと、俊輔から27歳になったばかりの齋藤へ、円熟味を増したテクニックからスピードを生かしたチームへ変貌を遂げる新星マリノスの姿が目の前にあった。 「一番はメンタルじゃないですか。人として成長するとプレーも落ち着くし、去年の途中くらいから本当によくなった」 試合終了の挨拶に向かう直前に、齋藤からあることを相談された。 「ユニフォーム、交換してください」 照れくささも手伝ったのか。ピッチから引き揚げたあとに、と約束した俊輔はサッカー少年のような面持ちでジュビロのロッカールームを訪ねてきた齋藤に目を細める。 「何て言うかな、アイツはキラキラしたものをもっているからね」 今回は負けたが、白旗をあげたわけではない。「改善すべき点を見つけ出して、コツコツやっていくことがこのチームのよさだから」。エコパスタジアムにマリノスを迎える10月29日までには、もっともっと強いジュビロにしてみせる。齋藤に手渡したユニフォームには、俊輔が抱くリベンジの思いも添えられていた。 (文責・藤江直人/スポーツライター)