毒矢を放ち続けられ、「ヤマアラシ」のようになった死体…アフリカの部族の処刑から考える、人間が家畜化した”残虐な”理由
人種差別、経済格差、ジェンダーの不平等、不適切な発言への社会的制裁…。 世界ではいま、モラルに関する論争が過熱している。「遠い国のかわいそうな人たち」には限りなく優しいのに、ちょっと目立つ身近な他者は徹底的に叩き、モラルに反する著名人を厳しく罰する私たち。 【漫画】「しすぎたらバカになるぞ…」母の再婚相手から性的虐待を受けた女性が絶句 この分断が進む世界で、私たちはどのように「正しさ」と向き合うべきか? オランダ・ユトレヒト大学准教授であるハンノ・ザウアーが、歴史、進化生物学、統計学などのエビデンスを交えながら「善と悪」の本質をあぶりだす話題作『MORAL 善悪と道徳の人類史』(長谷川圭訳)が、日本でも刊行される。同書より、内容を一部抜粋・再編集してお届けする。 『MORAL 善悪と道徳の人類史』 連載第38回 『「白目」は「暴力的メンバー暗殺」の名残!?…人間の「家畜化」に一役買った、その“誰も知らない”関係』より続く
ジュホアンシ族の処刑
このようにして、進化が私たちを以前よりも温厚に、しかし同時に残忍にもした。家畜化を通じて、人間は基本的には平和で、協力的で、調和を重んじるようになったのだが、その分、基準から外れる他人には敏感になり、彼らを厳しく監視し、容赦なく罰するようにもなった。その後かなりの時間が過ぎたのちに、私たちの暴力に対する嫌悪は、罰に対しても向けられるようになったが、この点については、のちに説明する。 もちろん、太古の昔にも死刑が広く行われていたことを示す直接の証拠を見つけるのは難しい。それでも少なくとも、初期の狩猟採集社会でも不和分子の殺害が行われていたことはわかっている。20世紀に入ってからも伝統的な生活様式を守ってきたことで知られる南アフリカで暮らすクン・サン族も、争い解決の最終手段として計画的な処刑を行う。クン族の生活の世界的権威であるリチャード・ボルシャイ・リーは次のように報告している。 ジュホアンシ族(クン族の別名)には、殺人の連鎖を終わらせる最後の手段、切り札がある。その手段を言葉で言い表すとしたら、死刑執行しかないだろう。(……)最も劇的な例として、珍しく全員が一致団結して行動した例がある。3人の男性を殺したトゥイという男が、白昼に待ち伏せされて、殺害されたのである。地面に横たわりまだ息があるトゥイに対して、全男性が毒矢を放ちつづけた。情報提供者の話によると、トゥイは「ヤマアラシ」のようになったそうだ。息絶えたトゥイに女性も男性も近づき、槍を突き刺した。そうやって、誰もが彼の死に対して象徴的に責任を負った。 全員が参加する―人間社会が平等をとても重んじるさらなる証拠だ。食べ物も、資源も、性交相手もほぼ独占できるボスを頂点とした厳格な階層社会をつくるチンパンジーとは違って、人間は新石器革命期まで、とても流動的な社会を構成していた。決まったリーダー階層や極端な物質的不平等は存在していなかった。もちろん、そのような均衡状態は勝手に維持されるものではない。人間が長い期間にわたって平等主義的な生活を維持できたのは、暴君のようにふるまう反抗的な者を処刑したからだと考えられる。
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