大事なことは「自分にとっての最適な緊張感」を知ること。調教師・福永祐一の教え
ジョッキーという立場で味わう緊張感
そうこうしているうちに、ほとんど緊張しなくなり、「緊張したな……」という最後の記憶は、ジャスタウェイで挑んだ凱旋門賞(2014年)までさかのぼる。 緊張を自覚したのは返し馬で、全身に力が入らないようなフワフワした感覚になり、「この感覚、久しぶりだな」と思いながら乗っていた覚えがある。ただ、不思議なもので、緊張したのは返し馬の間だけ。馬を止めてからは、自然といつもの自分に戻った。 以来、引退するまでの約10年間、2020年のコントレイルでの無敗クラシック三冠のときも含めて、記憶に残るほどの緊張の波は最後まで訪れることはなかった。 むしろ逆に、「どうしたら自分で緊張を生み出せるか」を追求したときもあった。緊張を和らげる方法は本などでも紹介されているけれど、どうすれば緊張を生み出せるかという本は見たことがない。もし、そのオンオフが意図的にできれば、本当の意味で緊張のコントロールができるのでは、と思うことがあったのだ。 なぜ、そんなことを考えたのかといえば、やはりジョッキーという立場で味わう緊張感は、ジョッキーにしか味わえない特別なものだから。一つの仕事を長く続けていると、どうしても慣れが出てきてしまうが、現役時代後半もたまに胸がザワつくような緊張感が湧き上がってくることがあり、そんなときは「あっ、これこれ!」といった感じで、その状況を積極的に楽しむようにしていた。 調教師となった今、ジョッキーならではの緊張感は二度と味わえない。ジョッキーという仕事に未練はまったくないが、あの緊張感を味わえることだけは少しうらやましく思ったりする。 【福永 祐一】 父は現役時代に「天才」と呼ばれた元騎手の福永洋一。 96年にデビューし、最多勝利新人騎手賞を受賞。 2005年にシーザリオでオークスとアメリカンオークスを制覇。 11年、 全国リーディングに輝き、JRA史上初の親子での達成となった。18年、日本ダービーをワグネリアンで優勝し、父が成し遂げられなかった福永家悲願のダービー制覇を実現。20年、コントレイルで無敗のクラシック三冠を達成。23年に全盛期での引退、調教師への転身を決断。自身の厩舎を開業してセカンドキャリアをスタートさせる
日刊SPA!