人前での緊張を和らげる「安心問答」とは? 10代に伝えたい禅の言葉
実体のないものに囚われず、自分らしさを大切に
「取り出すことができない=捕えられない」ということは、自分の考えが未熟だったり、能力がないということではありません。 むしろ自分の存在や能力を絶対に否定的に見ない、そんな積極的な発想の転換があります。 「不安など捨て去って、絶対的な自信を持て」とか、「どうせ目に見えないんだから、自暴自棄になってOK」というのではありません。実体のないものに囚われて緊張するなんてバカバカしいじゃない。だったら心を開放してあげようよ、ということです。 そんな実体のないものにがんじがらめになって、自分を取り繕おうとしてないで、自分の本当の姿を伝えましょうよ。ないものについて考えるのはやめにして、少しでも自分の新しい学校生活を、より自分らしく過ごそうとすることにエネルギーを使いませんか。 ヴィジュアル的には、自分の心を、不安や焦り、恐れや怒りなどの「縄」で縛りつけようとしている感じ。でも、いろいろな「縄」で縛りつけようとしても、縛ろうとする「心」は、形がないのです。だから、結びようがない。それに、不安や怒りの「縄」も、そのときその場の感情ですから、いつの間にかなくなっていくものです。 すぐに消えてしまう縄で、形のない心を捕まえようとする、そんな独り相撲のことを、禅語で、「無縄自縛(本当は存在していない縄で自分を縛る)」と表現します。 「そんなこといわれても、自分をコントロールすることができない!」と思ったら、この際、ポジティブに開き直って「私はとっても緊張しています!」とみんなに宣言してしまいましょう。顔が真っ赤でも、頭が真っ白でもいいじゃないですか。 多かれ少なかれ、みんなドキドキ緊張していることでしょう。堂々としている人でも、内心は不安が見え隠れしているのかもしれません。 不安? 大丈夫、不安だからみんながんばる。それが「自分を表現する」ことになっていくのです。
石井清純(監修),水口真紀子(編著)