近時の企業不祥事とコンプライアンスについて(その2)
本記事は、 西村あさひ が発行する『N&Aニューズレター(2024/7/31号)』を転載したものです。※本ニューズレターは法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法または現地法弁護士の適切な助言を求めて頂く必要があります。また、本稿に記載の見解は執筆担当者の個人的見解であり、西村あさひまたは当事務所のクライアントの見解ではありません。
I 近時の企業不祥事とコンプライアンスについて(その2)執筆者:木目田 裕
本稿では、モラル違反、品質不正、サイバー攻撃、営業秘密持ち出しについて述べます。本稿は、危機管理ニューズレター2023年8月31日号に掲載した拙稿 「近時の企業不祥事とコンプライアンスについて(その1)」 の続編です。「その1」もそうですが、これは、2023年前半に私が行った講演の録音結果に手を入れたものです。 1. モラル違反 従来は、コンプライアンスや企業不祥事では、法令違反が中心とされていましたが、最近数年間では、具体的な法令違反がなくても、ある意味で「モラル」の違反があれば、それだけでも大きく問題とされることがあります。 ちょうど、コンプライアンスの文脈で、細かいルールも大事だが、それよりも、「顧客のため」や「インテグリティ」など、シンプルで役職員の心に刺さるメッセージが重要であると日本で言われ出したことと※1、因果関係の有無は分かりませんが、軌を一にしているように思われます。 ※1 企業不祥事でモラル違反が特に注目を浴びるようになった時期よりも、シンプルで刺さるメッセージが注目されるようになった方が、時系列的には先行すると思われます。私なども、こうした点について最初に物を書くなどしたのは、2017年10月4日付け日本経済新聞・朝刊の拙稿「不祥事を防ぐ組織風土追求を」あたりだと思います。 また、金融庁も、「コンプライアンスリスク管理に関する検査・監督の考え方と進め方(コンプライアンス・リスク管理基本方針)」(2018年10月)ではじめて「コンダクト・リスク」という言葉を使うようになりました。コンダクト・リスクについては、図1のとおりです。 法令違反ではなく、モラル違反が問題とされた事案ですが、例えば、2019年に、ある証券会社が東証の市場再編の動向に関するいわゆる早耳情報(東証の有識者懇談会における時価総額基準等の検討状況)を外部の機関投資家だけに情報提供した、ということで、金融庁から業務改善命令を受けたケースがありました。 これは、インサイダー取引があったというわけでもなく、また法令違反でもありませんが、一部の特定顧客の優遇であり、一般投資家から見て、資本市場の公正性・信頼を著しく損ないかねない、ということで、問題にされました。 これも2019年の事例ですが、就職情報会社による内定辞退率予測データ問題がありました。これは、就活生から個人情報利用の同意を得ていたものの(ただし、一部は同意なし)、そうした情報を使って、学生の内定辞退を予測して企業に販売するビジネスが倫理的に問題とされました。 同意を取っていれば、当時の個人情報保護法上は問題ないわけですが、そうは言っても、学生自身に情報を提供させて内定辞退を予測してそれを売り込むと、その学生に不利益を与えるのではないか、ということで、ビジネスのモラルが問題とされた事案でした。 最近の事案でも、例えば、みなし公務員によるサイド・ビジネスのような事案で、職務関連性があったかどうか疑問の余地があるものの、贈収賄罪が問題とされている事案があります。これも、ある意味ではモラル違反という捉え方がされて、それに引きずられて刑事事件として摘発されたケースという見方もできるかもしれません。 当たり前のことではありますが、「法令を守っていればそれでよい」、「法令の形式的文言には合致する」は、決してコンプライアンスではありません。コンプライアンスの本質は「正しいことをしよう」にあります※2。 ※2 拙稿「危機管理及びコンプライアンスにおける本質は「正しいことをしよう」にあり」 危機管理ニューズレター2024年4月30日号 参照。 個々の法令等のルールの遵守とそのための研修や牽制・チェックの仕組みにとどまらず、表現の仕方は「インテグリティ」など企業によって様々だと思いますが、コンプライアンスの本質について、経営者からの日頃のメッセージやコンプライアンス基本方針・行動指針等を通じて役職員への浸透をはかり、そうした組織風土・組織文化を構築するとともに、モラルという観点からも自社のビジネス・モデルについて検証していく必要があります。