IPAの登氏に聞く、「分散型クラウド基盤ソフトを作れるクラウド人材育成」
--登氏は、インターネットやクラウドに関係するプログラムが動作する基盤や通信システム、サイバーセキュリティに対応するファイアウォール、ゼロトラストに対応するソフト、長期間重大な変更なしに利用し続けることのできる「Linux」ベースのOSなどにチャンスがあるという。 しつこいがクラウド人材とは、仮想メモリーマシンや仮想ストレージ、これらの統制技術をはじめとする、AWSを超えるクラウド基盤を作れる人材のことだ。決して、単に既製クラウドを活用するユーザーではない。それに、OSを一から作る必要はない。既存Linuxの機能を接着剤のようにつないで作る。そして価値が低かったものをつなぐことで価値を高める。この価値の差分を他人に売ってもうけてきたのが米国系のクラウド事業者だ。それを理解し、自分で作れる人材が、日本が本当に育成したかったクラウド人材だ。 --「ユーザーとして長期間クラウドを利用し、100%理解してからクラウド基盤を作ればいい」との声がある。 それは間違いだ。分かりやすい例で説明すると、鉄道を造るために海外の鉄道の乗り方を何十年間も覚えても内部の理解は困難で、機関車も鉄道網も造れないだろう。海外メーカーの自動車を購入し、プロドライバーのように運転できるようになったとしても車を造れるわけではない。 「既にあるものを使えばいい」との考え方は、能力を自由に発揮させる価値を侵害する。他国の鉄道が素晴らしいので日本に引いてくれと頼むとする。便利かもしれないが、自分で造れるとは段々思わなくなり、長期的には不利益を被ることになる。もちろん敵を知り、戦略を分析することは必要だが、育成方法を誤ってはいけない。 --重要なのは、イノベーションを起こす優秀な人材が表に現れるようにすることか。 その数が多いほどいい。例えば、100億円の予算があるなら1つのことに投資するのではなく、可能性のある若手の日本人数千人に100万円から1000万円を自由に使って、研究開発に取り組めるようにする。ソフトの世界なのだから1つでも当たった宝くじは複製・共有できる。つまり、1プロジェクトでも成功すれば、その当たりくじを残りの人たちがその研究開発を大規模な実用段階に推し進めていけばいい。 これが、ソフト産業と従来型の石油化学コンビナートや製鉄所・発電所などの建造との根本的な違いだ。ソフト産業は、1つのものに巨額な投資をする計画主義ではない。若い人たちに対する分散投資こそが重要になる。 --その1つがIPAの未踏だろう。2000年度にスタートした未踏は突出した人材を発掘し、育成してきた。東京大学名誉教授の竹内郁雄氏が2024年3月に開催された未踏会議で、この24年間に約2100人が修了し、大学などアカデミアで活躍する人材が500人超、起業や最高技術責任者(CTO)になった人材が約420人になったことを明かした。だが、その中から売り上げ1000億円を超す規模の企業は生まれていない。せいぜい100億円か200億円の中小企業のレベルだ。それで大丈夫だろうか。 余裕で大丈夫だ。歴史を見ると、米国政府は1940年代からコンピューターに取り組み始め、花が開いたのは1970年代、1980年代になってからだ。インターネットへの政府の取り組み開始は1960年代だが、インターネット産業が開花するまで40年くらいかかっている。GAFAM(Google、Apple、Facebook、Amazon、Microsoft)はその上にビジネスを展開し、時間をかけて成長を遂げてきた。対して日本の取り組みはまだ20年。魅力ある産業にし、優秀な学生らが興味を持ち、クラウドやAIなどの開発に取り組めるようにする。興味を失ったら、その産業の人材は枯渇する。他国のものを使うだけになる。 --日本はすぐに外注、丸投げする。その考え方を一日も早く改めることだろう。 田中 克己 IT産業ジャーナリスト 日経BP社で日経コンピュータ副編集長、日経ウォッチャーIBM版編集長、日経システムプロバイダ編集長などを歴任、2010年1月からフリーのITジャーナリスト。2004年度から2009年度まで専修大学兼任講師(情報産業)。12年10月からITビジネス研究会代表幹事も務める。35年にわたりIT産業の動向をウォッチし、主な著書は「IT産業崩壊の危機」「IT産業再生の針路」(日経BP社)、「ニッポンのIT企業」(ITmedia、電子書籍)、「2020年 ITがひろげる未来の可能性」(日経BPコンサルティング、監修)。