天才ハッカー、オードリー・タン氏が考える「機械より優れた人間の能力」とは?
旧来の授業形式にとらわれる必要はない
特に、知識の習得が中心の科目はオンライン学習の効果が高い。映像をくり返し確認できるため、それぞれの学習ペースに合わせて知識を吸収できる。 一方、実際に手や体を動かす必要のある事柄については、オンラインではなく集まって学ぶのが適している。農業理論の基礎的な知識を学ぶにはオンラインが適しているが、畑で肥料をまいたり種を植えたりするのは、畑に行って実践してみる必要がある。 最近の動画配信はますます便利になっているものの、同じ空間にいるという感覚を味わわせるのは難しい。技術がないわけではないが、一人1台のVR機器を所有させるには費用がかかるし、VR自体がまださほど普及していないからだ。 アジアの国々の多くは、いまだに旧来の受験教育を行っているが、台湾の「108課程綱要」では各校の課発会や教師個人に権限を与え、これまで「実験教育」(既存のカリキュラムにとらわれないオルタナティブ教育)で行われてきた方式を正規教育にも試験的に導入できる体制を整えた。オンライン授業のための教材や指導法の準備が進んでいたことで、ほかのアジア諸国に比べ、台湾の教師はパンデミック期にも冷静に対応できた。 オンライン教育では時間と空間の制限を受けることなく、教師と学生がつながることができる。5G時代には、ネットにつながってさえいればどんな場所も教室になる。 リアルな空間で「先生が講義し、学生が拝聴する」という旧来の授業形式にとらわれる必要はもはやない。いかにデバイスやプラグインを駆使して学生たちと双方向のコミュニケーションをとるかを考えることで、リモート学習がさらに意義のあるものとなる。
気軽に間違えられる空間を作る
オードリーはまた、「間違えてもいい」と思える空間を作ることも重要だと語る。生まれつき能力を持っている人はいない。 彼女が英語を学んだ経験を例に挙げると、まず、英語で考えざるを得ない環境に自分を置いた。オードリーが一時期、夢中になっていたカードゲーム「マジック:ザ・ギャザリング」にはまっていたが、ほとんどのカードが中国語に翻訳されていなかったため、英語で考えるほかなかった。ゲームのネットコミュニティではみんなが英語で会話していた。チャットルームでは誰でも自由に発言でき、英語の文法が合っているかどうかなど気にする者はいなかった。 学校で英語を学んだ多くの人が、時制・スペル・複数形・過去完了など、正しい英語を使わなくてはならないと考える。しかし現実には、ネイティブスピーカーも話しているときに文法など気にしていない。オードリーが各国を巡っていろいろな国の人とコミュニケーションをとるときも、havebeenとhasbeenの用法の違いなどどうでもよかった。たとえ間違っていても相手には十分通じた。 「この文型は正しいか、間違っているか」と考えてばかりいると、英語で会話をしているときも頭のなかでつねに正誤を判断している状態になるため、スムーズに言葉が出てこなくなる。だから、英語を話すときには正しさを求めないことにしている。間違っていたらいたで構わない。 デジタル時代には、学習は「一方的に受け取るもの」から「双方向に影響し合うもの」に変化しているのだ。
オードリー・タン(元台湾デジタル担当政務委員)、楊倩蓉(取材・執筆)、藤原由希(翻訳)